しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
そこに見えるのはナンキンハゼ

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

今日は風が冷たい奈良です。

目も痛い。花粉症というほどではないけれど、今日のような日はやられてしまいます。

 

団地の中に、いろいろな種類の木が生えているので、せっかくだから覚えていこうと、毎日ちょっとずつ名前を調べています。こういう時ネットは便利だなあ。

少し前に咲いていたのはボケ、ユキヤナギ、トサミズキ、ソメイヨシノ、レンギョウ、今は八重桜、紫木蓮、ドウダンツツジ、イズセンリョウ、藤、沈丁花、ハナミズキ、山吹。寒い時期からずっと咲いているのは椿。

家の南側に植わっているのはナンキンハゼ。北側に植わっているのはカツラ、サルスベリ。集会所の周りの大木はメタセコイア。

やっとここまでわかったけれど、まだまだ名前のわからない樹木がたくさん植えられているのです。

古い団地ですけれど、最初にこの庭といいますか、植栽を考えられた方はすごいなあとつくづく思います。どんな思いで「ここはトサミズキ」「ここはメタセコイア」と設計されたのでしょう。そして何十年も経った今の姿を、たまにご覧になることはあるのかしら。

 

この間は息子と「行ったことのない駅に」と旅に出て、「大和八木(やまとやぎ)」という駅まで行ってきました。大和八木までの電車内でまず息子は大興奮。「ぼく立ってる」と行ってずっとドアにへばりついて窓外の景色を眺めていました。大人はつい「なんてことない」「なんにもない」と言ってしまうような、そんな景色も、息子にとっては新鮮だったようです。

大和八木駅は、鳥羽や名古屋までつづく特急が走っている駅です。駅の中にパン屋さんがあったのでそこでパンを買って、名古屋方面行きのホームの椅子に座ってそれを食べながら何本も電車を見送りました。息子は連れて行ったくまのプーさんのぬいぐるみ(彼は豊田市美術館に行く時置いていかれたのですねていた)をカバンから出して、あんぱんを少しあげていました。

初めて見る路線図や、初めて見る特急列車に息子はいちいち喜んで、「ありがとうねあーちゃん、ありがとうね」と言っていました。

 

息子は3年生になりました。去年の春も一昨年の春も、私がバタバタしていて入学も進級もたいしてお祝いをしてあげられなかったので、今年はできるだけ隙間を見つけて息子と一緒に遊ぼうと思っています。

とはいえ頭を使う遊びはお断り、といつも言っているので、かるたやすごろくなどをしています。今日は息子に教えてもらって「まわり将棋」というのをしました。「これならあーちゃんもできるよ」と励まされ。

 

夜寝る前には『シェイクスピアはどこ? お芝居の中に隠れているよ』という絵本を一緒に読んでいます。シェイクスピアの作品の中から、『お気に召すまま』『テンペスト』など有名な10作品が集められており、あらすじを読んだ後に細かな絵の中からその作品の登場人物をさがす、という絵本です。シェイクスピア本人も絵の中に紛れています。とても面白いです。

息子の学校では8年生が演劇でシェイクスピアをやるようなのです。去年の8年生は『十二夜』を上演していました。みんなすごくいきいきと楽しんで演じているように見えましたが、やはり思春期ですからそれまでの道のりは大変だったのだそうです。でも本番は素晴らしかったです。そして全て音楽は生演奏なのがなんとも贅沢だなと思いました。見事な道化役の生徒が見事なチェロも聞かせてくれたりします。息子は「ぼく8年生になってもあんなことできないよ」と言っていました。

まあそんなこともあって今は『シェイクスピアはどこ?』を楽しく読んでいます。

 

私自身の読書はというと、通勤時の『チボー家の人々』をちょっとお休みして、大学の勉強として企業経営に関する本を読んでいます。『百年のしごと』という本がとても面白いです。百年以上続いている会社がいくつも紹介されていて、それぞれ何を大切に経営をされてきたのかが語られています。これは人生訓とも言える。

 

さあ夕飯の支度です。

皆さまもどうぞ楽しい夕刻を。

 

| 日々 |
はじまったよ

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

あたたかい日が続いていますね。

都市で生活する者にとってはありがたいことですが、畑仕事をされている方々は、こんなに雨が降らないと困ってしまうのではないでしょうか。そろそろひと雨降ってもいいと思うんだけど。空気も悪いことだし。

 

団地の木々が日ごとに芽吹いて、家の周りが少しずつ明るい緑色に包まれてきました。名前はわからないけれど、白い花、黄色い花があちこちで咲いています。大好きな沈丁花も良い香りを放っています。ベランダのバラやブルーベリー、姫リンゴ、ヒョウタンボクも、ついこの間までホネホネの寂しい感じだったのに、わっさわっさと葉が茂っています。ブルーベリーと姫リンゴは今朝もう花が咲き始めてしまいました(こんなに早くていいのかわからないけど)。

すごい速さで変化していくそれらを見ていると、息子と喧嘩してムカムカしていても、気持ちがだいぶやわらぎます。植物が黙って成長していく姿を見られるというのは、本当にありがたいことです。冬の間はロウソクの炎がその役割を果たしてくれたように思います。ここに美しいカーテンがあればなあ。この間息子の学校で染めたような、美しいカーテンがあって、それが風で揺れたりしたら、夏の間も、どんなに息子と喧嘩したとしても、カーテンに慰めてもらえるのに。

 

新年度がはじまり、勤め先の学校の職員室は昨日、新しくお会いする先生方もいらしてざわざわとしていました。私はとりあえず昨年度の一年間、勤めることができて、そして今年度も同じ学校で働けるので、心底ほっとしています。去年のまず一学期が終わった時点で「打ち上げたい!」という気持ちにかられましたが、一年が終わった今はゆったりと、温泉にでもつかりたい気持ち。

そうはいっても仕事に区切りはなくバタバタしているのですけど、学校の4月や5月や6月というものを、一回経験しましたから、今年は去年より良い仕事をすればいいだけなので、気楽なものです。不安や緊張で毎日泣く、なんてことはもうしなくてよいのです!

しかし役所の経費削減、ということなのでしょうか、この4月から、一日あたりの労働時間を少し削られてしまったので(もちろんその分の給料も減です)、去年と同じ量の仕事をすることができません。ついつい「早足で仕事すれば今までと同じ量をこなせるか?」と考えてしまいますが、昨日それをやってみたら、帰宅後何もできなくなるほど疲れてしまったので、やっぱり今までと同じペースで最優先事項に取り組んで、できないものはできないと切り捨てていくしかないのでしょう。「やり過ごし」「見過ごし」を適切にやることが大切ですよと経営学の本にも書いてあったし。

 

ほんの少し早く帰宅することになったので、その分、家でできることが増えるといいな。この間は穴が空いてきた帆布のカバンを修理して、ついでに夫がはいていないズボンを私がはけるように作りかえてみました。ミシンは楽しいです。

もちろん勉強もしますよ。

 

通勤時間には『チボー家の人々』を読み(ただ今3巻です)、仕事の昼休みには『子どものための美しい国』を読み、夜寝る前には『危口統之 一〇〇〇』を読んでいます。

『危口統之 一〇〇〇』はこの間、豊田市美術館で購入したもの。1000ページ以上あるので、少しずつ読もうと思っていますが、なかなか「今日はここまで」とできず、どんどん読んでしまいます。それにしてもつらい。豊田市美術館の展示『ビルディング・ロマンスー現代譚(ばなし)を紡ぐー』は、なんとか、ぎりぎり見にいくことができました(今週末で終了です)。木口くん(危口さん)とは、大学時代の同級生、といっても、その頃も特別親しかったわけではないので、これからあらためて、はじめましての気分で、出会い直すのです。「やまいだれ日記」は、Webでは読んでいたけれど、本人の筆跡で読むと、なおのことつらいものがあります。この本を読み終える頃には、つらいだけじゃないまた別の気持ちが生まれているかもしれない。いろいろ悔やまれますが、私は私なりの方法で、木口くん(危口さん)のことをこれから知っていきたいと思います。

 

息子が寝る前にずっと読んでいるのは『子どもに語るアイルランドの昔話』です。中に収められているひとつひとつの話をとりあげて「これは面白かった」「これはそれほどでも」と感想を述べるのではなく、淡々と、はじめの話から終わりの話まで、少しずつ毎晩読んでいくと、全体を通して、アイルランドという国の得も言われぬ面白さ、美しさが感じられます。「さあどうなる?!」とハラハラするところで「つづきはまた明日」とやるのがポイントです。息子は「ひゃー! もうちょっと! もうちょっと!」と言いますので、本当にもうちょっとだけ読んで、おしまいにします。

以前はこういう、お話がいくつも入っている本を読むときには、「次はどのお話がいい?」と息子にタイトルを見せて選ばせたり、自分が「面白そう」と思うものを選んで読んでいましたが、一冊の本の、最初から最後までを通して読む、というやり方が、やはりいいように思います。

『子どもに語るアイルランドの昔話』はそろそろ読み終わります。次は何を一緒に読もうかなあ。

 

今日はこれから、息子と電車の旅に出かけます。行ったことのない駅に行ってみよう、と計画しています。

皆さまもどうぞよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
年度末

久保さん、皆さん、こんばんは。

ちょっと、ご無沙汰しておりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

年度末の、めちゃくちゃな忙しさがもうすぐ終わります。

新年度明けもきっとめちゃくちゃ忙しいのでしょうが、ひとまず3月がもうすぐ終わりますので、少し気持ちは落ち着いてきました。

 

今回はありがたいことに職場の異動はなく、ただひたすらやることがいっぱいあって忙しい、というだけなのですが、周りのたくさんの方の旅立ちを見送るというのも、それはそれで、思うことがいっぱいあり、苦しいものですね。

それぞれの方の旅立ちを心から応援していますが、私にできることは少なく、もどかしいです。

 

勤め先の学校でも卒業式がありました。きっと生涯忘れないだろうなと思う生徒も何人かいます。

 

連日いろんなことがあるので、久しぶりだと何を書いていいのかわかりません。

 

こないだ息子の学校で、お母さんたちと教室のカーテンを染め直したんです。玉ねぎの皮で。それが見たことのないほど美しいオレンジ色に染まって、それまでパンパンになっていた頭や体にすっと風を通してくれるようでした。

 

さあ寝なくちゃ。

よく「学校はもう春休みでしょ」と言われるんですが、生徒は休みでも私は休みではありません。明日も頑張ります。

皆さまおやすみなさい。よい夢を。

 

| 日々 |
先生

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

春だ! あたたかいですね。

 

前回、本がなくなった件について書きましたけれど、「こういうのはあることだから、あまり気に病まないで」と言ってくださる方もいて、それはもちろんわかるのですけども、それでも何もしないわけにはいきませんから、図書室内のサインとか、図書室だよりとかで、なんとか工夫して再発防止につとめております。あなたたちはお金を払わずにそれを利用できるけれども、ルールを守れば借りられるというだけであって、「みんなのものだから私のものでもある」と思うのは間違い、あなたの本ではない、「学校の」本なのよ、ということを伝える。もっと違う言葉で書くんですけどね。

私は先生ではないけれども、学校で働く以上、「それはやってはいけないこと」と指導しなければいけない場面はいろいろあって、その能力というのはこれから経験を積んで培っていくしかない。自分の未熟さに耐え、「だれでもさいしょはいちねんせーい」と歌って励ましながら、とにかく前へ進んでいくしかありません。

もちろん先生方にも相談にのってもらい、協力もしていただいています。学校は本当に色々なことが起きる。自分ひとりの人生経験や息子のこれまで8年間の姿を見ているだけでは「信じられない」と思うような出来事が学校では次々に起きるわけです。そういうことひとつひとつに、私はまだいちいち落ち込んだり考え込んだりするわけだけど、経験の長い先生方はおそらくそういうケースをたくさん見聞きしたり実際に対処してこられているのです。本当に大変なお仕事だけど、こうして私が色々落ち込みながらも仕事を辞める気がないように、先生方も、その仕事の中にやり甲斐を感じていらっしゃるのだろうなと勝手に想像しています。

 

とまあ、そんなことがあり、とっても疲れて暗い顔をしていたら、息子が「どうしたの? 学校でいじめられたの?」と訊くので、「そうじゃなくてさあ…」と簡単に話をしたら、「実はぼく…、『言っちゃだめ』って言われてるから、何をしたかは言えないけど、いけないことをしているのを見た」と。そりゃ大変、ということで、話を聞きますと(まだ2年生ですから話を引き出すのは簡単)、いつも駅まで一緒に帰る4人の中でお金に関するいけないことがあった模様。すぐに先生に電話で伝えましたら、「わかりました、作戦を考えます」とおっしゃって、きちんと対応してくださいました。

こういうのもね、私は自分の子を介しては初めてのことだから、「大変!」となるわけですけども、多分どこの家の子も似たようなトラブルはあって(親のお金をこっそりとる、とらせる、それを見ちゃった、とか)、先生はおそらくたくさんのケースを見てこられているのでしょう。私との会話の途中、ある部分で大笑いされ、「笑っちゃいけないけど、笑っちゃった」とカラッとおっしゃるあたり、度量の大きさを感じました。

 

話はかわって、今朝我が家では、「死んだらどうしてほしい?」という話題で盛り上がりました。

息子が「もういらないおもちゃを捨てたいんだよね、ぼくの作ったあの変なシャケとかさ」と言うので、「やだやだ! あのシャケはあーちゃんが死んだら棺桶に入れて欲しいんだから!」というところから始まったのです。「そんなの入れてどうすんの?」「あの世に行ったらそれ見てニヤッとするのよ」「あーちゃんが死んだら一緒に入れるのは、は・に・わ!」「あーちゃんどこの姫君なんだよ!」「古墳作るのか!」「じゃあシャケじゃなくてベーコン入れてあげるよ」「パパはベーコン入れて欲しいな、焼いたらいい匂いが漂ったりして」「葬儀屋さん的にそれはオーケーなの?」「あ、パパはやっぱりミックスナッツだな、いつも写真の前にビールとミックスナッツを置いといて欲しい」「あーちゃんは芋けんぴ」「ぼくが先に死んだらたくあんと納豆置いといて」と、こんな感じで。

現実にはなってほしくないけれど、大事な話。まだハハハと笑えて楽しい朝でした。

 

あ、こないだのレポートは合格でした! また試験まで頑張る。

皆様も良い夜を。おやすみなさい。

 

| 日々 |
中学校で働くということ

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

今日中にレポートを完成させなくてはなりません。頑張ります。

調べ物をしながら書き進めていくうちに、最初はお手上げ状態だったものが、少しずつ整理されて形になってゆく。面白いものです。

 

昨日は息子の学校の「年例祭」というものを見に行って来ました。公立の学校でやっている「学習発表会」のようなものです。事前にあるお母さんから「完成形を見せる、っていう感じではないよ」と聞いており、親受けするように頑張らされている子ども達を見るのが嫌いな私としては、それくらいの姿の方が嬉しい、という気持ちでしたが、学年が上がってくると、きっと子ども達自身がこの日のために「良いもの見せよう」と頑張るのですね、素晴らしいパフォーマンスや展示をたくさん見せてもらいました。

そう、息子の学年(ただいま2年生)だけ見せてもらえるのではなくて、1年生から12年生まで、子ども達全員の発表を見せてもらえるのです。1年生は先生に手を引かれて舞台上で輪になり、いつも学校でやっているリズム遊びを見せてくれました。2年生は事前に先生から「なんと一列に並びます!」と知らされていたとおり、みんなで一列に並んで、自分で編んだ笛袋から笛を出し、笛の演奏と歌を披露してくれました。そして他の学年の子ども達は、劇やコーラス、オーケストラの演奏などを見せてくれましたが(あと書道と美術の展示も)、私にとってとても大きな収穫だったのは、「オイリュトミー」というものに対する理解を深めたことと、各学年を見せてもらえて子ども達がどんな風に成長していくのかがよくわかったことです。

オイリュトミーというものに関しては何も知識がないまま息子をこの学校に編入させ、息子から授業の様子を聞いてもさっぱりわからない状態が続いていましたが、今回4年生から12年生までのオイリュトミーの発表があり、基本的な動きから「作品」と呼べる素晴らしいものまでを見せてもらって初めて、何を目的として教育の中にこのオイリュトミーというものが入っているのかわかった気がしました。

とはいえ一般にはあまり知られていないこれは初めて見るとちょっと風変わりなんですね。それが子ども達自身にも徐々にわかってくるのか、7年生のオイリュトミーは恥ずかしそうにしている子もいて「ザ・思春期」な姿がはっきりと見てとれるわけです。姿勢がちょっと前かがみで、お客さんの方をあまり見たくない、逃げたいよー、という感じ。もちろんそうではない子もいますが全体としてそんな雰囲気が漂うわけです。それが12年生にもなると、「僕たちのおそらく人生最後となるオイリュトミー」と言って会場を沸かせることができるほど客観的になり、クラスのみんなと呼吸を合わせて堂々とした素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるのですからすごいものだなと思いました。

 

12年生といえば、こないだは年例祭とは別に「卒業プロジェクト発表会」というのもあって、12年生それぞれが1年半取り組んだテーマについての発表も見せてもらうことができました。私が見せてもらえたのは、カポエイラとカリグラフィーと歩き旅について取り組んだ3人の発表でした(会場の都合などで全員分の発表は見ることができません)。ひとり40分くらいの発表時間だったでしょうか、構成もよく考えられており、途中つっかえるところがあってもなんとか自分の言葉でお客さんに向かって伝えようとする姿が美しく、もちろん一年半の取り組みやその成果も素晴らしくて、涙、涙でした。

 

それで、年例祭に話は戻りますが、1年生から12年生までの姿を見せてもらえて、自分が仕事で接している中学生達と同じ、思春期特有のトンネルの中にいる子ども達を見ることができたこと、そしてそのトンネルを抜けた先の姿も見ることができたのは、本当に大きな収穫でした。ついこの間、仕事先で新しく出したばかりの本がなくなる(おそらく盗まれてしまった)ということがあり、落ち込んでいたのです。夜中眠れなくなるほど落ち込んでいたんだけど、こういう、成長してトンネルを抜けた子ども達の姿を見ることができると、希望が持てるんですね、やっぱり。ただ、本を盗んでしまった(もしかしたら違う理由で本がなくなったのかもしれないけれど)生徒がこの先成長して、「あんなことしなければよかった、もう二度としない」と思うのか、社会に出ても同じようなことをしてしまうのか、その分かれ道に立っている時にどんな風に導いてあげられるのかというのは私たち大人にかかっている。中学校にいる大人だけでなく社会全体の大人たちが良いお手本を示さないといけない。諦めずに。

家ではこういう、しんどい出来事があった時ばかり夫に話を聞いてもらうので、「やめちゃえば」と言われることもあるんだけど、嬉しいこともたくさんあるので、全然やめる気はないんです。「何か手伝うことないですか?」と言って毎日仕事を手伝いに来てくれる生徒もいますし、「私たちもおすすめ本を紹介したい!」と言って図書室だよりの記事を自主的に書いてくれる生徒もいます。こないだ私は「バレンタインはどうでもいいイベントのひとつ」と書いてしまいましたが、なんと次の日チョコレートをいただいてしまいました。「毎日図書室に行けて本当に楽しいです!」とメッセージつきで。いい仕事でしょ。

 

さ、レポート書こう。

皆様も良い一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
兄弟

久保さん、皆さん、おはようございます。

今日もレポート書きです。頑張る(はじめに宣言しておきます)。

 

今日は母の誕生日です。おめでとう。えーと何歳になったのかな、確か年女だったよね…。またお祝いをしにゆこう。弟と料理を作ろう。

 

そして今日はバレンタインデーでもありますね。今朝息子に「バレンタインってなに?」と聞かれたくらい、我が家ではどうでもいい行事のひとつとなっています。がしかし、働いている中学校ではそうはいかないみたいで、女子は「友チョコ」に「部チョコ(部活チョコ? 後輩が先輩にあげるらしい)」まで最近は用意するらしく、「誰かが勇気を出してやめないと」とつい言ってしまいました。そうやって大勢の人に贈り物をするのが心から楽しいというのならいいですよ、でも後輩が先輩にあげなきゃいけない慣習ってなんなの? ていうか中学で後輩とか先輩とかいって上下関係が始まるのがどうかしてるよ。自分の娘がそんなチョコ作ってたら(娘いないけど)説教ですよもう。

あと、昨日ボランティアに来てくださったお母様方からは、「チョコパイを個包装から出してデコレーションすると娘が言いだしたので『個包装のまま配る方がどんなにいいか』と言ったら喧嘩になった」という話があり、笑ってしまいました。いろいろ流行する季節ですからね。数も多いし、大人としては衛生面が気になるわけです。

 

そんなこととは別に、3年生の受験の結果がぽつぽつと耳に入ってくるようになり、複雑な気持ちです。結果は郵送だったり電話だったり色々のようだけど、郵送で来た結果を生徒が学校に電話で報告、という形もあって、職員室にいてそういうのが聞こえてくると、胸に込み上げてくるものがあります(もちろんなんでもない顔をして仕事を続けるわけですが)。

自分が受験生の時にも、やはり担任の先生はこんな風に職員室で待っててくれてたのでしょうね。私はいわゆる「滑り止め」というのを用意せず1校だけの受験でしたので、「みんな頑張るんだから、お前はみんなの倍頑張れ」と励まされたのをよく覚えています。サッカー部顧問の森先生。きっと心配されていたことでしょう。

 

夫が横浜と奈良を何度も往復していて、疲れ果てています。彼はひとりっ子で、でも今までひとりっ子であることに対して何も不満はなかったようなのですが、ここへきて「兄弟が欲しい」と言っています。お母さんが倒れてからだいぶ経ち、ゆるやかに死へと近づいていく中で、色々な決断をお父さんと二人でしてこなければならなかったからです(そしてまだその状態が続いています)。兄弟が多ければそれはそれで面倒なこともあるかもしれないけれど、やはり心の負担は分散されるのかもしれないですね。だからといって私が兄弟のかわりになれるわけもないですし。夫と父母の3人には、3人で結合していた3人だけの時間があるのだから、私は外の人として、もちろん手伝えることは手伝いますが、どう死を迎えるのか、そのあとどうするのか、といったところにまでは、口は出せません。もちろん意見を求められれば私の考えを言いますけれども、それは兄弟と何かを分かち合うというのとは、全然違うものね。

無力だなあと思うと同時に、私たちが死ぬ時には息子がまたひとりで大変なのだろうなと考えたりもします。少しでも負担が軽くなるように準備しておかなきゃいけない。どう命を終えたいのかの意思表示とか。

 

さあ、レポート書きます。

あ、『夏の花ほか 戦争文学』、とてもよかったです。こういう書き方はうまくないと思うけど、面白かった。戦争は酷いとか、悲惨だとかいうことを超えて、そこに生きていた人たちの姿とその表現の仕方に心を揺さぶられました。林京子『空罐』、遠藤周作『カプリンスキー氏』、大岡昇平『出征』、ティム・オブライエン『待ち伏せ』など。高校国語の教科書に出ている名作を集めたとのことですが、私はひとつも学校で読んだ記憶がありません。43で初めて読むなんてまずいなと思いながら読みました。しかし読んでよかった。

息子と一緒に読んでいるのは『消えたモートンとんだだいそうさく』です。ウォートンとモートンというヒキガエルの兄弟のお話です。これもとても良いです。

 

さあ腰を上げる。

皆様もどうぞよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
みんなに福を

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

寒いけど、すっきり晴れている奈良です。

 

今読んでいる経営学の教科書が分厚すぎて、ちょっと焦っています。本当にあと一年で大学を卒業できるのか?

楽しそうなことに誘われても断ってばかりです。「一緒に蒸しパン作って売らない?」「卒業したら」「冊子作り一緒にしませんか?」「卒業したら」「農園に遊びに来て」「卒業したら」「おはなし会に…」「卒業したら」。

そのうち何にも誘われなくなるでしょう。卒業したら自分から声をかけていかなくては。

 

そんな中、先週はチェルフィッチュの『三月の5日間 リクリエーション』を観に行きました。私は初演ではなくて六本木で観たのが最初、そして戯曲も読んで、それだけで『三月の5日間』について知っていた気になってたけれど、そうじゃなかったんだ、と思いました。また別のものを観た感じ。ただ、別の日に観に行った夫と、「観た後になんだか寂しい気持ちになるのはなぜ?」と話した結果わかってきたのは、前の時は、「ああ、ダメだなあ…」と感じさせる男性(褒めてます)5人の中に、美しい女性が2人いる、そこから見えるおかしさがあったんだけど、今回はそれがない、っていうことで。でもそれはそれとして、今回はまた別のものとして、楽しんできました。

 

息子は学校の豆まきの日をとっても楽しみにしていたのですが、やってきた鬼がそれほど怖くなかったと言って不満そうにしていました。そして自分でとても怖い顔の鬼の面と金棒を作って「あーちゃんやってね、めっちゃ怖くして」と言うので、私はしつこく帰らない鬼を演じました。そのあと交代で息子も鬼役をし、夫が帰宅するとまた私が鬼になって、と、計3回我が家では豆まきをしました。

「自分の悪い心を豆が吸い取ってくれて、それを鬼に投げるんだから、落ちてる豆は食べちゃだめだよ」と息子に言われましたが、そんなこと今まで知りませんでしたよ。床がきれいだったら拾って食べていいものだと思っていました。

久保さんはお仕事でたくさん海苔巻きを作られたのでしょうか。我が家も海苔巻きを、と思い、意気込んでかんぴょうやきゅうりを買っておいたのですが、結局作りませんでした。かんぴょうを水で戻すこともしなかった。

 

味噌は作りましたよ。これで4度目くらいです。いつも半年で使い切ってしまうので、今年はいつもの倍作ろうと思って、先日は前半戦でした。

ストーブの上で豆を煮ている間、換気扇をつけないでいたら、台所の天井にカビが生えてしまいました。後半戦は気をつけます。

 

昨日は勤め先の学校の3年生は入試のためお休みでした。なんとも言えない気持ちです。あっという間にこの日がやってくるのだな。この日のためにしばらく眠れないほど緊張している子もいたようです。みんな元気でいてほしい。ここで人生終わるわけじゃないからね。

 

さあ私も勉強です。

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
話し合いましょうよ

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

連日、寒いですね。

家の窓を二重窓にしたくてたまらない。DIYしちゃおうかな。そう思っている間にあたたかくなるのかも。でも次の冬に向けてやってしまおうかな。「下手くそでもやってみる」が今年の抱負ですからね。

 

勤め先の学校も極寒です。パタパタと動きながら仕事をしていればなんとか凌げるのですが、こないだは事情があって図書室が使えず、職員室でずっとデスクワークをしていましたらみるみるうちに具合が悪くなってしまいました。家に帰り7時半には布団に入りました。熱があるとか頭痛がするとかいうわけじゃなかったのだけど、「もうだめだー」って感じになって。

息子は「レンジでゆたぽん」というやつをレンジであたためてくれて、布団に向かう私に持たせてくれました。ありがたい。それをお腹にのせたり太ももにのせたりしているうちに眠りに落ちました。

 

今日はそのゆたぽんを段ボール箱に入れ、毛布で自分の足とともに包んで大学の試験を受けました。この家に引越してきてから初めての試験です。問題の解答は「口ではいくらでも説明できるのよ…」という内容のもので、書くとなると文章の組み立てが難しく、ちょっと手こずりました。「不可」にならないといいな。

こんなペースですからこの3月に卒業するのは無理なのですけど、もうあと必要な単位数は残り少なくなってきたので、来年度末には卒業できるんじゃないかと思います。どうかな。卒業できたら嬉しいだろうな。踊っちゃうだろうな。

 

息子は昨日から、「俺のくるま、誰か乗った、俺の横浜町田、誰か通った、俺の布団、誰かたたんだ、ありがてー!」とラップのようなものを口ずさんでいます。私が試験を受けている間は『サニー』という漫画を描きながら静かに待っててくれました。

学校で手仕事の時間に編んでいた笛の袋は完成したのだそうです。すごいよなあ。ガーター編みでこれまで編んできたものを、最後にちゃんととじ針で綴じるところまでやったそうで、ほんとに先生はどうやって教えてらっしゃるのだろう、と思います。手で鎖編みを作る方法も息子は覚えてきて、するすると私の前で披露してくれました。

私も頑張ろう、と思い、来年度のクラスの係は裁縫系の仕事を担当することにしました。シルクの衣装を縫うのですが私一人でやるわけではなく、作れる人に教えてもらって他の保護者の皆さんにも協力してもらって縫うのです。難しそうだったら外注でもいいよ、と言われていますが、チャレンジしてみたい気持ちを持っている人は何人かいるので、できれば自分たちでやってみたいと思っています。今から楽しみです。

 

この時期はきっとどこの学校でも来年度のPTAの役員決めなどされているのでしょうね。

息子が前に通っていた学校では、PTAの仕事はくじ引きで当たっちゃったら問答無用という感じでしたので、「大学を卒業したらやりますから」と言ってくじ引きから外してもらっていたんです。それでも無理やりくじを引けと言われたら、「退会します」と言うつもりでした。もともと入会する意思表示もしていないのに、自動的に会費が引き落とされる仕組みでしたから。入学説明会の時には、「PTA会長さんからもご挨拶があります」とのことだったので、こんな仕事をこういう形でみんなで協力してやっているんですよ、というお話が聞けるのかと思ったら、「こんにちは」の一言もなく、「役員を断る資格があるのはこういう人」という規約を読み上げて終了という驚きのご挨拶だったので、PTAってどんな恐ろしい組織なのかと震え上がりました。まあでもくじ引きから外してもらえたのはありがたかったです。陰で何を言われていたかはわかりませんが。

学童保育ではもっと問答無用で、利用家庭の保護者全員が必ず何か係を担当しなければなりませんでした。車がないと難しいよねとか、土曜日旦那さんが家にいる家庭じゃないと難しいよねという種類の仕事に対して「その仕事はくじ引きで当たってもうちはできません」と勇気を出して手をあげたら、大変冷ややかな視線を浴びました(理解して下さる方も中にはいらっしゃいましたが)。怖かった怖かった。帰り道泣きながら「F、悪いけど来月から学童はやめて留守番してちょうだい」と息子に言ったら「やったー!」という返事でしたので、助かりましたが…。

 

今息子が通っている学校ではとにかく話し合いです。だからできない仕事を無理やり押し付けられるということはないのです。安心して「それはできない」「これならできる」と言える。大人ですものこれが当たり前だと思うんですけどね。クラスの係決めも学童保育の係決めも、意見がたくさん飛び交ってとんとんと話が進みました。「長」がつく仕事も「あ、それ私やろうかな、でもこの部分は苦手だから○○さんに助けてもらえたら」「いいよいいよ」とすぐに決まりました。やれると思う人が手をあげ、その人ができるやり方で仕事を進めればよいのです。私も自分ができる種類の仕事にぱっと手をあげることができて、本当に気持ちが良かった。ほっとしました。「みんな、泣きながら仕事しちゃだめだからね、これ無理かもと思ったらすぐに言いましょう」と念を押して言って下さるお母さんもいて、ありがたいことだなと思いました。

 

みんなそれぞれ、できることできないこと全然違います。小さい子がいるから裁縫は難しい、車が出せないから大きなものを運ぶのは難しい、家が遠いから何度も学校へ行くのは難しい、パソコンが苦手、忙しくてどうしようもない、などなど。それを無視してくじ引きで決めようとしたら誰だってやりたくなくなるよ。でも「話し合いで決めましょうよ」と前の学校の時、私から言い出すことはできなかったな。「それできません」と言うので精一杯だった。

 

ああ、こんな話で長くなってしまいました。

『銀河鉄道の父』はとっても面白いです。寝る間を惜しんで読みたくなるくらいだけど、我慢しています(健康第一)。通勤のバスや電車の中でちびちびと読んでいます。

息子とは相変わらずアンデルセン童話やアイヌの民話を一緒に読んでいます。

 

そう、息子の学校の先生は毎日おはなしをしてくれるのだそうです。どの学年の担任の先生もそうなのです。そういう学校なのです。本を開いて読み上げてくれるのではなく、覚えたものを話して聞かせてくれるのですから本当に先生方の頭の中はどうなっているのかと思います。週末も、日曜の午後になると「明日のおはなしは何にしよう」と考えはじめ、覚える作業もあるのでなかなか大変であると先生は笑いながらおっしゃっていましたが、毎日って本当にすごい。おはなしの勉強、私は今ちょっと停滞してますが、これからは息子の学校からも色々学べたらいいなと思っています。何年生にどんなお話が向いているとか、きっととても勉強になると思うので。

 

長くなりすぎました。久しぶりの試験が終わってほっとしてるんです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆さん良い夢見てくださいね。おやすみなさい。

 

| 日々 |
まだまだどきどき一年生

久保さん、皆さん、おはようございます。

雨の朝です。

 

阪神淡路大震災から23年です。

私は地震のあった前日に大阪から横浜に戻ってしまったので、揺れを体験しておりません。大学の公衆電話の長い列に並び、実家に電話をかけるも繋がらず、関西出身の人たちと「やっぱ繋がんないよね」「繋がんないね」と話していたのを覚えています。

地震に備えて、我が家では高いところには絶対に物をおかないようにしているのですが、備蓄や非常持ち出し袋についてはまだ中途半場な感じなので、今日きちんと確認しておこうと思います。図書室でも防災特集を組む予定で、すでに本を集めてあるので、まず私が勉強しておかなくちゃいけない。

それにしても私の実家も夫の実家も高いところにたくさん物があり心配でなりません。夫の実家は行くたびに台所など整理させてもらっているのですが、次行った時にはまた新たなものが上へ上へと積み上げられているので、あまり意味がないかなと思いつつ、でも危ないからなあと、行くたびに少しずつ片付けさせてもらっています。

 

3学期が始まり、中学校ではもう本格的な受験シーズンですから、3年生の先生方は大忙しな様子で、しかも間違いがあってはならないお仕事も多いのでしょう、ものすごい緊張感が漂っており話しかけるのにも勇気がいります。こんな時に私が「○○さんへ 予約の本が届いています」とか、「買い出しで選んだ本を借りられます」とかいう呑気なメモを先生の机にそっと置いておいても、生徒には届かないことが多く、3学期の3年生に用があったら直接会いに行かなきゃだめなんだな、というのが最近わかってきました。

 

こういう、季節ごとの学校の空気みたいなのは、一年やってみないと掴めないことなので、色々失敗しても今年は仕方ないと思いつつ、春からずっと緊張が続いています。毎回毎回、仕事に行く前に自分を奮い立たせている。学校に着いたら時計をちらちら見ながら全力疾走。殺気立ってはいけない、とこないだ書いたばかりですが、ついつい殺気立ってしまう。殺気立つと生徒とのコミュニケーションに失敗する。質問してきたことにちゃんと答えてあげられず、あーしまったなと後悔してあとで謝ったりすることになる。

落ち着かないといけない。深呼吸して。

ということで、今、片山洋次郎さんの『生き抜くための整体』という本を読んでいます。これ中学生向けの本なのですが、大人が読んでもじゅうぶん面白くて役立ちます。「整体ってなんであやしい感じがするの?」という話からはじまって、胸やお腹のはたらき、人との適度な距離の取り方、良い集中のしかた、など、なるほどと思うことがたくさん詰まっています。中学生がなぜ「こっくりさん」や「気絶遊び」、「いじめ」にはまっていくのか、という仕組みについても書かれています。私は仕事での緊張に加え、ここ最近は人付き合いでの緊張や不安も多く、ちょっと疲れていたので、これを読んでうまく脱力できたらなあと思っています。身体をほぐす具体的なやり方ももちろん載っています。

 

ほかに読んでいるのは、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』です。仕事上「読んでおかなければいけない」という本ですがスイスイと気持ちよく読めます。ほかにも「読んでおかなければいけない」本が山ほどあります。好きか嫌いかは関係なくとにかく読むのだ、という仕事が課せられる人生とは幸せなことですね。

あとは『教科書で読む名作 夏の花ほか 戦争文学』と『チボー家の人々』を並行して読んでいます。

そうそう、芥川賞・直木賞の受賞作品『おらおらでひとりいぐも』と『銀河鉄道の父』はすでに図書室に入れており、こういうのがタイミング的にうまくいく(みんなが気になっている時に図書室に入れられる)とほっとします。

あと、1年生の前で大オススメした『マーヤの自分改造計画』が繰り返し借りられて行くのも嬉しく、先生にオススメした『旅をする木』について「読み終えるのがもったいなくて」と感想をいただいたことも嬉しく、緊張するけどいい仕事だなと思います。大先輩のCさんが、「やればやるほど良い仕事よ」とおっしゃっていたのがよくわかります。

 

さあ、大学の勉強をしなくては。その良い仕事を今後も続けられるように。

いや、その前に今日は防災チェックだった。どちらも頑張る。

 

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
来年は彼の年

久保さん、皆さん、おはようございます。

2018年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

息子の忘れ物を駅まで届けに走って、もうへとへとです。

忘れ物してもなんとかなるよと思うけど、ちょっと今日のものは、学校で「あ、忘れた」と気づけばよいのですが、もし電車の中で「あ、忘れた」と気づいてしまったらきっと息子はパニックを起こして引き返したりするだろうというレベルのものだったので、仕方なく全速力で追いかけたのです。

その前から「今日はいつもの電車に間に合わない」と息子は軽くパニックを起こしていたので、大丈夫次の電車でも絶対間に合うから歩いて行きなさいと私が言ったら「わかったよあーちゃん、小走りで行くよ」と言っていたのに、やっぱり息子は全速力で走って行ったようで、私はすぐ飛び出したのに全然追いつけず、駅のホームでそわそわと立ってる息子に歩道橋の上から大声で呼びかけてやっとつかまえた、という、そんな朝でした。疲れたよーう。

 

3学期の頭というのは、なんか、ダメなんだな。去年もそうだったけど。ぐずぐず言うんですよ。「布団があたたかいから出たくない」という単純な理由もあるようなんだけど、不安というか、不満というか、そういうのも強くなるのかな。朝は大騒ぎになりますね。そこそこ早く寝かせてはいるんです。もっと早く寝かせればすっきり起きられるかといったらそんなことはないんじゃないかと思う。なにかがいや、なんだかいや、って感じで、ぐずぐず言ってる。「うるさーい!黙って支度しなさい!」と言うともっとうるさくなる。はあ…。

 

てな話を、今日は個人懇談なので先生に話してこよう。

前の学校では懇談というと15分程度でしたが、今度の学校ではひとりの子供につき1時間、先生とじっくり話をするのです。特別な事情がない限り両親揃って出かけます。編入する前の面談の時も2時間くらいは話したんじゃないかと思う。「F君の妊娠がわかった時のことからお産の時の様子、それから今までの成長について話してください」と言われてずいぶん色々な話をしました。

学校と家庭とが信頼しあって一体となって子供を育てるためにはこういうことが当然必要なのでしょう。まだ始まったばかりですがこの学校に12年生(一般の高校3年生)まで通わせますのでその間よく話し合っていこうと思っています。

 

年末年始は家族や友人とおいしいものをたくさん作って食べました。

夫の実家ではいただいた大きな鯛を夫がムニエルにしてくれたのが最高においしかったです。鯛ごはんもおいしかった。私の実家では弟が本を片手にすべてを正確に計量して完璧なフライドポテトを作り、その横で私が適当主婦カレーを作りました。そのあとは友人に作り方を教えてもらいながら餃子大会(皮も手作り)、息子のお友達をお迎えして中華大会(夫が唐揚げ、私がワンタン)と続き、最後は「イノシシかかりました」と友人から連絡をもらって今季初のイノシシを捌いて焼肉、と、まあ本当に贅沢な、食いしん坊正月でございました。

その間、2度ほど七草粥も食べましたけどね。息子は学校でも食べて3度。お腹、休めないといけませんからね。

 

イノシシは、友人が山へ引き取りに行ったり洗ったりして全部お膳立てしてくれたところを、包丁片手に捌かせてもらうだけなので、丸ごと引き受けていないというか、責任持ってない感じが申し訳ないのですけど(皮の後処理とか骨の後処理とか)、でも、途中こうして関わらせてもらうだけでも本当にありがたく、言葉にならない色々なことを感じます。

うちの息子は暖かい部屋の中で遊んでるだけでしたが、他の子達はちょこちょこと出て来て手伝ってくれて、その中で、「みんなが怖い話してるから逃げて来た」と行って外に出て来たYちゃんが、でもイノシシの姿も怖いと言って覗き見ながら、「そういうこと好きなの?」と私に訊くので「うん、好きなの」とこたえました。そう、好きなの、おばちゃんはこういうことするのが。どうしてだかわからないけど。「怖くないの?」と訊くので「怖くないよ」とこたえました。

そして今回も「上手い」という言葉に乗せられいい気になって頭部全体の皮を剥いだり(なかなか難しかった)、肉を部位ごとに分けたりしました。そして「あ、お魚と同じだな」とか、「脊椎動物はみんな同じなんだな」と思ったりしました。

 

だからといって、ただ動物を殺して解体したいのかというと、そうではなくて、「食べる」っていう行為の前に当然あるべきことをやれることが喜びなのであって、「食べる」がその先にあるから肉を分けながら興奮するわけです。なんでこういうのを「怖い」と思う人がいるんだろう、と不思議に思う時、じゃあなぜ私は「怖い」と思わないのかと考えてみると、食べるためにこうしているからなんだよ。みんな肉も魚も食べてるじゃないか。こういうのを「怖い」と思うなら切り身になってる肉なんか見たらもっと怖いはずじゃないのかな。ミンチなんかものすごく怖いはずだよね。刃物が当たってる回数で考えたらね。でもみんなそれは平気なんだよね。

とまあ、色々考える。ありがたいことです。

焼肉は美味しかったですよ、もちろん。レバーも美味しかったです。小さな体でも肝臓はとても大きくてびっくりしました。お腹を開けた時の、内臓の収まり方は「すごい」としか言いようがありません。

 

夢中でやってると翌日仕事ができなくなりますので休み休みやらせてもらって、息子も早く寝かせないといけないので2頭目の皮を剥いでいる途中で帰らせてもらいました。貴重な経験をさせてくれる友人に感謝感謝です。そしてもちろんイノシシ君にも感謝感謝です。

 

さあ、今年も元気に頑張ります。年末にも少し書きましたが、準備と後片付けも就業時間内に入れてできる範囲のことをする、というのと、下手でもいいのでやりたいことは何でもやってみる、というのが今年の抱負です。こんな抱負を立てられるのは夫と息子が元気でいてくれるからです。親世代は年齢的に色々ありますので私がしなければならないことももちろんあると思いますが、家の中は皆健康でありがたいことです。

 

駅まで全力疾走した疲れもそろそろ取れてきたので、今日も頑張ります。

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

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