しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から、『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんと、皆さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなどをひっそりと書いています。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』もどうぞよろしく。
はじまる

久保さん、皆さん、こんにちは。

今日は快晴です。

ベランダの「マジカルミラクル」というバラが今年もたくさん咲いて、1日に何度も「きれいだね」「きれいだね」と声を掛けています。

 

さっきまで、息子と散歩をしていました。平城宮で使用された瓦を作っていた跡を見てきました。そして芝生でお弁当を食べて、帰ってきました。

 

学校が、徐々に再開されますね。久保さんが住んでいらっしゃるあたりでは、どうですか?

先生達は、しばらくオンライン教材の準備で大変なご苦労をされているようでしたが、そこからまた突然学校再開へと舵を切ることになり、職員室は再びざわざわとしています。

私も、これまでのように「邪魔せぬよう」と遠慮していられず、学校図書館はどう安全に再開すればいいのかと、頭を抱え、他の学校司書さんとも情報交換しながらバタバタと準備をしています。

街は活気づいていますが、サービスを提供する側としては、最大限感染予防に努めながらの再開となるため、「元どおりの開館」には程遠く、気が重いです。

まあ、先生達のご苦労に比べたら、図書室のことだけ考えてる私のバタバタなど、なんてことないのですが…。

休み時間は生徒を立ち歩かせない、しゃべらせないために、「本でも読んでなさい」と先生は生徒達に言うそうなんですけど、だからといって図書室で密集してはいけませんから、開館時間もかなり限定的となり、「どうしても借りたい子だけいらっしゃい」と言わねばなりません。以前は憩いの場としてかなり賑わっていただけに、寂しいですが、まあ、仕方ありません。

皆さん、それぞれの場所で頑張っていらっしゃるのでしょうからね、私も、頑張りますよ。

 

長かった息子の休みも、そろそろ終わりそうです。

もともと、やりたいことがたくさんあって、自分の時間を好きに使うことに慣れている息子は、長い休校も最初は楽しく過ごしていたのですが、後半、学校からの課題が届いてからは、「なんで命令に従わなきゃいけないんだよ!」「俺の好きにさせろよ!」と、課題に対する暴言が激しく、付き合っているこちらは本当に疲れました。それでも、結局はやるんですけどね。ただただめんどくさくて、やり終わるまで文句を言い続けるわけです。

家の手伝いで水やりを選択したのはとても良かったと思います。ちょうど芽吹きの季節でしたから、毎日ぐんぐん伸びる葉っぱを観察するのが楽しくて、水やりの時間はかなり長時間ベランダをうろうろしていました。

「ひとこと日記」には「もうすぐバラの花がさく。楽しみだ。」とか、「ラベンダーの先に新しい葉っぱが出て緑の炎のようだ。」などの言葉が続きました。

息子の水やりのおかげか、今年は久しぶりにブルーベリーや姫リンゴが実をつけ、去年寂しかったナデシコもたくさん咲きました。私より、おおらか(雑)なのが植物達には良かったのかもしれない。過保護はだめですね。

 

課題が終わると、自由な時間に没頭したのはピアノと、作曲と、カードゲーム作り。

「動物の楽園」というカードゲームを作ってくれて、家族でずいぶんたくさん遊びました。今日も、これからやる予定です。

一枚につき一種類の動物が描かれた「動物カード」を、自分の「森カード」に並べていき、最後に点数を競います。「森カード」には、もともと植物が生え、虫が棲んでいる、という設定で、そこで生きていける動物を置いていくのです。だから肉食獣は、誰もいない「森カード」には置けなくて、指定された大きさと数の小動物のカードがそこにないと、置くことができません。

作り始めてから、日に日に動物カードは増えていき、現在100枚以上。たくさん描きました。動物にも、詳しくなりました。

けれど、これも自分の思うように描けない時には「なんでライオンなのに迫力が出ないんだ!」「おのれー!捨ててやるー!」と叫んで大騒ぎするので、こちらは本当に疲れます。

何かに没頭しやすく、自由を奪われるのが嫌いで、激しい気性なのだな、と、あらためて息子について知った休校期間でした。まあでも、小さい頃からそうだったかな。よく叫んでいたな、そういえば。

 

気分を盛り上げるために、写真を撮ってインスタグラムにあげているのですけど、そちらでは、しばらく会えなかった友人、知人とふたたび会えるような気分になり、とても楽しいです。息子がお世話になっていた保育園の園長先生が開いたカフェ「自然派たんぽぽカフェ」のことも、新型コロナのことがあって心配していましたが、テイクアウトを頑張っていらっしゃる様子がインスタグラムで見られるようになり、安心しました。近かったら毎日でも買いに行くのに、と、美味しそうなお惣菜やスコーンの写真を見てよだれを垂らしています。

 

こういう、たくさんの人が必死になって頑張っている時に、悪いことを考えて自分だけ得しようとしている人たちのことが本当に理解できない。恥ずかしくないのでしょうか。

日々の報道に「許せん」という気持ちを燃やしながら、同時に楽しいこともたくさん探して生きております。

 

皆さまも、どうぞどうぞお元気でお過ごしくださいね。

 

| 日々 |
人恋しいなあ

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

緑がまぶしい季節。日々、どのようにお過ごしですか。

団地では、白やピンクのハナミズキが咲き乱れ、藤棚にクマンバチがたかり、ナンキンハゼもとうとう新芽を吹きました。今年初めて名前を知ることになったミツマタも、木陰で金色の花を咲かせています。

 

前回の更新時、うっかり、大切な「しみの日」(4月3日は久保さんのお誕生日、そして相馬称さん・ひろいさんの結婚式記念日)のことを書き忘れてしまいました。ごめんなさい。

お祝いの日、どのようにご家族で過ごされたのでしょう。皆さんお元気ですか。会いたいな。

 

学校が休校になる、という状況が始まってからずっと思っていることですが、こんな風に短期間で、それまで当たり前だった日常ががらりと変わってしまうというのは、過去に日本が経験した戦争の時にも、きっとそうだったのだろうなと。どれだけ本で読んでも映像で見ても、モノクロでしか想像できないその当時の暮らしですけれども(カラー化されている映像もありますが)、やっぱりこんな風に花が咲き緑が芽吹き光あふれる世界の中で、あっという間に、世界が変わってしまったんだろうなと。

そして不安な状況の中で、自分が考えていることよりも、周りの人がどんな風に考えているか、上から何を言われるかを気にして、「うかつなことは言えない」とだんだん黙っていく感じも、きっと同じだったんだろうなと。

ウイルスが相手ですから、人と人が殺し合って狂っていく状況とはもちろん違うわけですが。

 

前回の更新の後、勤務先の学校ではもう一日、生徒の登校日があるはずだったのですが、それも前日の夕方になって中止が決まり、それまで先生方が準備してきたことがまたしても徒労に終わるということがありました(私が作った図書室だよりも配布できませんでした)。まあそれも致し方ありません。どのような準備をしたとしても、この状況下で全校生徒に登校させようとするのが間違っているのです。そして、そのような登校日の準備やこれからのことを考えるために、数十人の先生が職員室の中にぎゅっと集まって大きな声で会議をしているのも、もちろん良いことではないのです。

緊急事態宣言が出てから、やっと完全に生徒が来なくなり、先生方は家に帰れるようになりました。私も来月から、在宅勤務を組み合わせて仕事ができそうです。これは本当にありがたいことです。生徒が来なくても仕事は山ほどあるのだ、ということを、昨年度繰り返し繰り返し伝えましたから、すぐに「来なくていいです(仕事しなくていいです)」とは言われずに済んでいます。でも他の自治体ではきっとそう言われている学校司書さんがいらっしゃるのではと心配しています。

家にいても選書をしたり、ブックレビューを書き溜めたり、ブックトークの準備や図書室だよりの作成、昨年度のデータをまとめて図書館年報を作るとか、学校が再開した場合の学校図書館での対応をどうするか考えるなどなど、できることはたくさんあります。私がインスタでフォローしているイギリスの学校司書さんは、1分間で本を紹介する動画を毎日アップしています。もちろんそんなこと(学校司書が学校図書館のアカウントを任せてもらうこと)は公立の学校では難しいと思いますが、全国の学校司書さんが、家でできる仕事があることを周りの方に理解してもらえるといいなと思います。

 

息子はその後どうしているかといいますと、担任の先生から愛溢れる課題がたくさん送られてきまして、平日はそれに取り組んでいます。「生活リズムを乱さない」ということをとても大切に考えている学校なので、一日のスケジュールもきっちり決まっていて、朝は詩を唱え、笛を吹き、ジャグリングの練習をし、外で少し体を動かして、連絡帳を書き(体温や今日の五・七・五なども書く)、漢字や算数のプリントをする…、というように進んでいきます。家の仕事をしたり、編入してきたお友達や先生に手紙を書いたりも。

もちろん予定通りにはいかないのですけどね。まず朝の詩を家族の前で唱えるというのが恥ずかしい(当たり前です)。はじめのうちは「朝の詩忘れた」と言って息子は逃げていましたけれども、最近また新しい朝の詩を先生が送ってくれましたので、それは変な振り付けをつけながらなんとか唱えています(私も付き合っています)。

自由な時間にはよくピアノを弾いています。朝ごはんを食べたらまずピアノです(もちろん小さめの音で)。「月光」の第一楽章が最後まで弾けるようになり喜んでいます。

たまにジョギングなどもしますが、それでも運動不足になってしまうので、布団を重ねた上でぴょんぴょんするのを解禁したら、詩を唱えてぴょん、笛を吹いてぴょん、プリントしてぴょん、と、すべての合間合間にぴょんぴょんするようになってしまいました。あっという間に敷布団が煎餅になりそうです。

そして、こんなに外に出なくても、一応体は大きくなる。靴下はレディースサイズになりました。下着がわりのTシャツも、うっかりすると私のものと間違えてしまいそうです。ズボンはこれまでウエストがゴムの楽ちんなのだけ履いていましたが、素敵なジーパンのお下がりをいただきましたら初めて見るシルエットに「足長に見える」「魔法がかかったようだ」「奇跡のズボン」などと言ってとても喜んで履いています。

 

苦しい状況にいらっしゃる方々に比べたらとても呑気な毎日ですが、それでも人恋しいなあと思うし、ニュースを読んで暗い気持ちにもなります。学校に出勤して他の先生とちょっとした会話ができるとすごく気が晴れます(もちろんマスクをして気を使いながらです)。つぶれて欲しくないお店から通販で買い物をしてちょっとしたメッセージを送ったり、息子のクラスのお母さんとメールで愚痴ったり、そういうことに助けられています。これからの、人と人とのふれあいというのはどうなっていくのかな。学校が再開しても、給食は全員前を向いて無言で食べなさい、と、やはり言うのかな。「今だけ我慢」と単純にはいかないことがいろいろあるし、この際根本的に見直した方が良いと思うことも、本当に変えるには、まだ時間がかかりそう。

 

いろいろと考えてしまいますが、今日はこの辺で。

皆さまどうぞ、どうぞ、お元気でお過ごし下さいね。

 

| 日々 |
それでもみんな成長してゆく

久保さん、皆さん、おはようございます。

ドーン、ドーン、と雷が落ちる嵐の朝です。

皆さまの、窓の外の様子はいかがでしょうか?

 

日に日に状況が変わり、「さあ新年度が始まるな」と思っていた前回の更新時の心境が、遠い昔のようです。

それぞれの方が、それぞれの場所で、いろいろな思いを抱えて頑張っていらっしゃるのだろうと思います。

 

私の日常は実はそれほど変わりはないのですが、息子はもう今月からは学童保育にも行かず、ほとんど家で過ごしています。

休校が延び、いつも長期休みが長めで慣れているとはいえ、さすがに「やばい」という気持ちになった私は、漢字プリント、計算プリント、ローマ字プリントを作成して息子にやらせてみましたが、仕事から帰ったあとにマル付けする余裕もなく、一日で頓挫しました。その後担任の先生から「課題を送ります」という本当にありがたい連絡があり、今後はそれをさせていくことになります。

そして勉強より大切なのは体を使ってはたらくこと、ということで、クラスの子全員共通してトイレ掃除と、それ以外に家の仕事を2つ、合計3つするようにと先生から課題が出て、息子はトイレ掃除と掃除機かけと植木の水やりをやってくれるようになりました。

これは本当にありがたい。先生に感謝です。親がいくら言っても「なんでそんな命令ばかりするんだよ!」と言うだけですからね。宿題なら「えー」と言いながらもやってくれるんです。やり始めたら結構な勢いでテキパキとやってくれます。私より手際がよいかも(毎日のことなので少々雑でもよい)。

 

私の勤め先の学校は、いよいよ来週から学校再開か?と準備していた週末の夕刻になって、休校延長が決まり、その前の2日間で先生方が会議に次ぐ会議で話し合って決めたことが全部おじゃんになる、ということがありましたが、大事なのは命、状況に合わせてどんな形でも先生は対応されるのです。ただ、年度のはじめというのは、ただでさえ職員室で嵐が吹き荒れてるかのように先生方はものすごい勢いで大量の仕事をされていて、それプラス今回のことで様々な対応があり、それをこなしていかれるのはすごいことだけれども、先生、ご自分は新型コロナにかからないとでも思ってらっしゃるのですか?と言いたくなるほどに、ご自分達のことはあまり大切にしてらっしゃらないように、私には見受けられます…。

そんな中で私は目立たないように、邪魔しないように、伝染らないように、伝染さないように、仕事をしております。

 

図書室は、休校中ずっと閉めていたのですが、登校日に少しだけ開けよう、ということになり、「どうしても本を借りたい人だけいらっしゃい」と声をかけて10分だけ開けました。

「うれしくて」と駆け込んでくる生徒、「今年もよろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してくれる生徒、見ない間に見上げるほど背が高くなり、声が低くなった生徒など、常連の本好きが十数名、ささっと来てささっと本を借りて行きました。

毎年春になると思うけど、1年生の子が2年生になり、2年生の子が3年生になる、そのことが本当に嬉しくて、すごい、すごい、と感激します。マスクをしているとは言え、近い距離で余計なお喋りはしない方が良いのですが、「〇〇君は2年生になったのね」「〇〇さんはついに3年生なのね」とつい口をついて出てしまいました。

前校長先生は、「生徒の健康・安全なくして教育なし」という言葉をのこして学校を去って行かれました。

たくさんの生徒に本を読んで欲しいけど、「みんな図書室においで」と言いたいけど、今は静かに、状況が落ち着くのを待とうと思います。

 

始業式や離任式、着任式は放送で行われました。学校を離れる先生は、生徒の顔が見えない状況でしたが、皆さん心のこもったメッセージを残して行かれました。「身近なところにある小さな幸せを見逃さず、大切に」「今置かれている状況の中で素晴らしい花を咲かせてください」など。

 

いったい、今のこの状況が、どのように変化すれば「事態が落ち着いた」と言えるのか、どこにゴールがあるのか全くわかりませんが、ひとりひとりが納得のいく方法で自分や周りの人の身を守るしかないのでしょうね。そして納得のいく生き方をする。

呑気なことばかり書いていてすみません。腹が立つことも、気がかりなことも、たくさんあるのですが、それらをうまく書くことができそうにないので、今日はこの辺で。

 

皆さまどうかお元気でお過ごしください。

 

| 日々 |
自然だけが相手の

久保さん、皆さん、こんばんは。

今日は、東の方では雪が降ったようですね。

インスタで、桜と雪の美しい写真をたくさん見せていただきましたよ。

こちらはどんよりとした曇りの日でした。やはり少し寒かったですけども。

 

コロナのことはもちろん気になりつつも、私は今日息子の学校の学童保育の大掃除があり、夫は職場の理事会があって、夫婦ふたりとも外へ出かけました。

平日は電車とバスで仕事へ行きますし、息子も学童の日は電車で学校へ行きますし、近所に買い物にも行きますので、もう感染を防ぐ(そしてひろげない)手立てとしてはとにかく手洗いとマスクと、早く寝る、これしかないですね。

普段は色んな菌に助けられて、それほど感染症にかからない家族ですので、今回も最初自分たちのことはそれほど心配していなかったのですけど、知らない間にうつっていてそして誰かにうつしてしまう可能性大ということなので、外へ出る時にはうつらぬように、そしてうつさぬように、やれることはやっております。夫は福祉施設で働いているので、特に気をつけています。

もうすぐ学校も始まるので、布マスクを量産しなくては。ティッシュやトイレットペーパーはようやく買えるようになりましたが、マスクはまだ奈良でも買えません。でも外では使い捨てマスクをつけている人が多くて、みんなどうやって手に入れてるのかなあと思います。

 

それはそうと、年度末ですから、いろいろ別れもあり寂しいです。

職場で困った時いつも味方になってくださった校長先生ともお別れしなくてはなりません。

そう何人もの校長先生を私は知りませんけれども、この校長先生はきっと特別学校図書館に心を向けてくださる、そしてどんな人の話もうんうんとよく耳を傾けてくださる、稀有な校長先生なのだろうなと私はいつも思っていました。

お米を作っていらっしゃるという話を校長室だよりに書かれていたので、最後に挨拶に行った時、そのことについて尋ねてみましたら、なんとお忙しい仕事の合間を縫って2週間に一度は田畑の世話をしに行かれていたのだそうです。そして、「色んな人と接する仕事をしていると疲れることもあるんですけど、田んぼへ行ったら、何もないでしょう、自然だけが相手ですから。そこにいると色んなことを忘れて、すっきりするんですね。僕はあれがなかったら途中で折れていたと思います。」と話してくださいました。

その言葉を聞いて、自分も畑へ通っていた頃のことを思い出し、「よくわかります」と言いたかったけれど、でも校長先生が抱えていらしたストレスというのはきっと私の想像を遥かに超えるものだったのだろうと思うので、「わかります」なんてことは言えず、「そうですか」と聞いていました。でも校長先生がおっしゃった、「何もない、自然だけが相手」の世界が、本当に何にも替えがたい、豊かで美しい世界だということを私も知っているので、またいつか帰りたいな、と切実に思いました。

そして、その田畑の時間があっての、謙虚で、でも頼れる校長先生だったのだなと納得しました。本当に感謝しています。

 

さあ新年度。

始まってしまうとあれもこれも「間に合うのか?」とまた不安になるのでしょうが、ぼちぼちやっていきましょう。

仕事のことを引きずって不安になったり眠れなくなったりするのは仕方がないこと、そういうものなのだ、と、最近は思えるようになって、以前よりは少し気が楽です。

素敵な出会いもきっとあるでしょう。また一年生も大勢入学してくるし。がんばらねばね。

 

そろそろ寝ます。

皆さまおやすみなさい。良い夢を。

 

| 日々 |
今度こそ

久保さん、皆さん、こんばんは。

まだまだイレギュラーな日々。皆さまお疲れ様です。

 

でも今日は晴れて気持ちの良い日でしたね。

久しぶりに息子と自転車で出かけました。

沈丁花がいい匂い。うちのベランダで毎年咲いてくれてたのを思い出しました(今はもうありません)。

 

職場でも家でも慌ててやらなきゃいけないことが今はなく、ちょっと緩んできたので(いい意味で)、今日はゆったり、息子に料理を教えました。

昼は焼き鮭と、菜の花ベーコン炒め。夜は大根と鶏の炊いたのと、お味噌汁。

部分的に手伝ってもらうのではなく、濡れ布巾をしいた上にさっと湿らせたまな板をのせるところから、手取り足取り、ほとんど全部やってもらいました。

体がだいぶ大きくなりましたから、色んな家事を不安なく任せられるようになって嬉しい。もう換気扇のスイッチにも手が届くんです。

でも包丁の持ち方も菜箸の使い方もざるの洗い方もおぼつかず、これ、ひとつひとつ教えていかなきゃいけないんだなあ、と思うと同時に、ひとつひとつ教えられる私ってすごい、とも思いました。料理は苦手、と自分で思い込んでいるけれど、それでも毎日やってきて、「こういう時にはこうする」という小ワザを、もう数え切れないほど知っている。

それはもちろん、これまで色んな人に教えて(鍛えて)いただいたおかげ。本当に感謝しています。

 

夕方は、息子に「月光弾いて」と乞われ、古い楽譜を引っ張り出してきてベートーヴェンのソナタ『月光』を弾きました。

弾きました、と言っても、ほとんど初見ですから、よく知られている第一楽章(ゆったりした曲)はなんとかなっても、明るく跳ねるような第二楽章、そして嵐のような第三楽章はつっかえつっかえ、もうひどいものです。

でも息子は真剣に聴いていて「あーちゃん楽譜めくってほしい時は言ってね」と言って横に張り付いているので、どんなにつっかえても諦めずに最後まで弾きました。こんなことは初めてです。

息子は相変わらず毎日マイケルの曲ばかり弾いているのですけど(たまに『戦場のメリークリスマス』も弾いています)、そこからどう先へ進むのか、上達することと楽しむことをどう並行して持続させていくのか、というところを、私はかなり注意深く見守っているのです。だからほったらかしつつも「ここ私の出番」と思う時には口を出すのですけど、今日のこの『月光』は、「弾いて」と言われたら私本気で手本見せなあかん、と思いまして、下手くそでも心を込めて最後まで諦めずに弾きました。

弾き終わったら、息子は拍手をしてくれました。

そしてそのあと辻井伸行さんの演奏と比べて「全然違うねー」と言われてしまったのですが…。でもいいのです。伝えたかったのはピアノに向かう姿勢なのよ(えらそうだけど)。

 

もう、先週になってしまいましたが、3月11日、東日本大震災から9年、という日でしたね。

新聞の特集記事はやはり年々少なくなってきていますが、自分にとっては遠くならない、むしろたくさんの人に出会い、話を聞いたり、本を読んだりすることで、記憶は太く濃くなっているように思います。

奈良で出会った人、息子の学校で出会った人、色々な人が震災のことを教えてくれます。今年は息子の学校の卒業生が、卒業プロジェクトの取り組みの一環として、被災地で撮影してきた写真を見せてくれました。

あの日、これをきっかけに日本は良くなっていくのではないか、と思ったけど、そう良くはならなくて、でも自分の生活(生き方)はかなり大きく変化し、それまでより良い方向に向かったんじゃないかと思います。どう「良い」なのかというと、地球に負担をかけない選択を常に意識するようになったかな。自然環境だけじゃなく、生きているものすべてに対して。そして、似たような考えの人たちにたくさん出会えるようになった。それはとても良かったこと。

それで、今の、この新型コロナ関連の騒動は、もちろん震災と比べられるものではないけれど、非日常という意味で言えば少し似ているところがあって、そういう時にまたみんなそれぞれ自分の頭で考えて、良い世界になるように今度こそしていけないだろうか?と思うのです。

最近、花森安治さんの本を読んでいて、今度こそ戦争にならないために生活を美しくしよう、みんな、自分の頭で考えよう、と呼び掛けた彼の言葉は今すごく私の中に響きます。心強い。みんな、周りの人に合わせるんじゃなく、自分が考える「良いこと」をしようよ。

 

ほかに、今読んでいる本は『物語北欧神話』と『フィンランド公共図書館 躍進の秘密』です。

両方面白いんだけど、特に後者は驚くことが多くて大量に付箋を貼っています。

フィンランドの図書館、館内で飲食OKなのはもちろんのこと、自分の道具を広げて一日中仕事ができたり、図書館の中に3Dプリンタや工具が使える「メーカースペース」というのがあったり、コンサートができるステージがあったり、子育て支援センターや若者の相談窓口、さらにはメンタルヘルス・薬物依存症クリニックがあったり、良心的兵役拒否の役務として図書館に勤めることができることとか、本一冊一冊の所蔵館を決めない「フローティングコレクション」のこととか、まあとにかく最先端はすごい、私自身の役に立つかどうかは別として、きゃー、きゃー、と楽しく驚きながら読んでいます。ちょっとでも学校で真似できることはあるでしょうか。

 

さあそろそろ寝なくては。たくさん寝て免疫力を高めなくては。

明日も暖かい晴れの予報。

皆さまもゆっくりおやすみください。良い夢を。

 

| 日々 |
卒業おめでとう

久保さん、皆さん、こんばんは。

こんなイレギュラーな日々、それぞれにお疲れになっていることと思います。

 

今日は寒かったですね。

こちらは「あられ→晴れ間→あられ」という大荒れの天気でした。

学校にいるといつもはこんな時「きゃあ〜!」っていう女子の声が聞こえるのに、今日はしんとしていて、寂しかったです。

 

私は黙々と蔵書点検をしています。

公共図書館も、よく2月ごろ、1〜2週間休館して蔵書点検をされますが、学校図書館でも同じように蔵書点検が必要なのです。お店でいうところの「棚卸し」みたいな感じです(意味合いはちょっと違うんですが)。1万冊以上の本を一冊ずつピッピッと点検していって、場所が違っているのを戻したり、古いものを抜き出したり、背ラベルが間違っているのを貼り直したりして、最後に行方不明の本がないか確認したりするのです。

よく色んな方に「子どもたちがお休みの時はお仕事お休み?」と質問されるのですが、子どもたちがいない時こそ「やらねば」な仕事が実は結構ありまして、この蔵書点検もそうですけれども、配置の見直しとか、サインの見直しとか、今だったら来年度の計画とか今年度の活動やデータのまとめとか除籍本の廃棄作業とか大掃除とか新入生を迎える準備とか新年度分の選書とか、どこまでも仕事はあるのです。

だけどやっぱり「生徒が来ないってことはやることないんでしょ」と学校司書は思われがちで、長期休み中の勤務日数が減らされるなんてことが起きてしまうので、「生徒がいなくても仕事はあります!生徒がいない時にしかできない仕事もたくさんあります!」と声を大にして言い続けなければなりません。悲しいかな。

 

まあ、そんな訳で普通に仕事を続けています。

 

休みが始まる前日の学校は嵐のようでした。

先生たちはすべての教科のテスト返却と課題出しをしなければならず、これまでに見たことのない細切れの時間割が組まれ、いったい一日に何回チャイムがなったのか…。

そして私は大慌てで図書室便りの「卒業おめでとう号」を発行。あらかじめ書いてもらっていた卒業生からの本にまつわるメッセージを載せました。

たくさん本を借りてくれたA君はもともと本が大好きだったのかと思いきや、そうではなかったようで、心が折れそうだった時、ただ時間をつぶすために図書室に来ていたけれど、通っているうちに本が好きになった、そして本から勇気をもらい、人に話しかけられるようになって、図書室で友達ができた、図書室がなかったら今の自分はいない、中学校生活の思い出は図書室の思い出、というようなことを書いてくれました。涙、涙。このありがたい言葉を支えに実はこないだまでのややこしい仕事を私頑張りました。これからもきっと、何度も思い出すことでしょう。感謝しています。

もちろんA君だけでなく、全ての卒業生に、感謝しています。私が学校司書になったばかりで右も左もわからなかった時に彼らは入学してきました。一緒に3年間成長してきた、と勝手に思っています。良いことばかりではなく、残念なこともあったけど、でも確実に成長してきたし、これからも絶対成長していく(お互いに)。

最後があっさりしたお別れになってしまうのは寂しいけど、ずっとずっと応援しています。

 

そう、息子の学校でも、卒業生の見送りは例年よりだいぶあっさりした感じになりました。残念だけど、でもお祝いする気持ちは変わらない。皆さんに幸あれ!幸あれ!と心の中で叫んでいます。

 

息子は休校で時間がたっぷりあるので最近は折り紙ばかりしています。恐竜の肋骨や背骨をひとつひとつ折って組み立てている。「発掘調査してる気分になるんだよ」と言っています。運動不足になるので、明日は外へ連れ出そうかな。

 

今日は寒かったけど、ブルーベリーが新芽を吹いて、春はすぐそこ。

ゆっくり休んで、元気に過ごしましょう。

皆さまおやすみなさい。良い夢を。

 

| 日々 |
損得じゃなく

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

穏やかでない日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

私は、年末から心に重くのしかかっていた仕事が先週終わり、「How dare you!」への回答も終え、今週は有休をとっておとなしく過ごしておりました。

言いたいことは言えたし、相手の望んでいることもわかって、ひとまずすっきり、また来週から仕事頑張ろう、と思っていたところに、この休校騒ぎ。まあ、休校でもやらねばならない仕事はたくさんあるので出勤するのですが。

 

国のコロナへの対応であるとか、私の「How dare you!」問題もですけど、上に立つ人が物事を動かすときに、それが自分の利益になるかどうかをまず最優先の基準にしているとしか思えないことがあり、本当に腹が立ちます。どうしようもなく困っている状況なら、そりゃ自分の利益を考えたらいいでしょうけど、もっと困っている、助けてあげなきゃいけない人たちがいるのに、ちょっとでも自分が損しない、得するための道を選ぶのってどうなんだよ。

上に立つ人の話だけでなく、身近なところでも同じような場面を最近いくつか見ることがあり、げんなりしています。余裕のある人たちには余裕のない人たちの気持ちはわからない。そして余裕があるくせに「絶対私は損したくない」と思っていて、本当に困っている人たちが少しでも助かりそうになると「そんなのずるい」と言うのです。いやだいやだ。ああはなりたくないものです。

 

私がなかなかこのブログを更新しないので、一番上の兄が心配して電話をくれました。「俺、多分コロナにかかって、それでもう治ったと思う」と言っていて、その時には笑って聞いていたのですが、本当にそういう状態の人が実は街の中にたくさんいるのではないかな、と思います。調べてないからわからないだけで。持病をお持ちの方は心配だろうなと思います。

自分や家族はできるだけピリピリしないように、いつも通りの「元気でいる」ためのこと(そして誰かにうつさないためのこと)をやろうと思っていますが、息子の学校が休校になることで、どうなるやら。

近くで困っている人はいないかな、と気にしながら、この事態を良い形で乗り切りたいです。

 

こんな時も読書。少しずつ読んでいるのは『絵ときデザイン史』です。頭をいっぱい使う仕事をしている時はデザインの本に限ります。でもそのややこしい仕事も終わったのでそろそろ小説に挑もうかと。何読もうかな。鈴木るりかさんの『太陽はひとりぼっち』にしようかな。

息子と一緒に読んでいる『ツバメ号とアマゾン号』は遅々として進まず。面白いのですけどね。息子が自分で読みたい本もあるので、一緒に読む回数が減ってきたのです。さみしいなー。

 

さあ、早寝しましょう。皆さんも暖かくして、ゆっくり休んでくださいね。

良い週末を。

 

| 日々 |
いのちの話とか

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

寒い。ああ、寒いですね。でも冬ってこんな感じでしたよね。

この冬は、窓の内側にラップみたいなのをしなくても別に寒くないなあと思っていたんですけど、一気に屋外にいるかのような寒さになってしまいました。石油ストーブが効かない。

 

それでも家族みんな元気に過ごしております。

息子は先日、学校の豆まきで鬼たちにさらわれ、なんと鬼ヶ島に行ったのですって。羨ましい。あーちゃんは45年も生きてきたのに一度も鬼ヶ島に行ったことがないよ。「鬼ヶ島どんなところだった?」と訊いたら「楽しかったよ」と。色んな顔色の鬼がいたそうですよ。でも学校の四方八方から豆が飛んできて、鬼たちは逃げて行ったのだそうです。めでたしめでたし。

 

同じ日、私の勤め先には福がやってきました。遠く他県から、私の働いている図書室を見にたくさんの方が来てくださったのです。仕事内容も詳しくお話ししながらじっくり2時間、図書室の様子を見ていただきました。質問もたくさんしてくださいました。家に帰ってから「あんなこともこんなことも話せばよかった」と色々思い出したのですけど、でもその場でも精一杯お話しをさせていただきました。

来てくださった学校司書さんたちは(学校司書さん以外の方もたくさん来てくださったのですが)2校、3校と兼務で仕事をされているらしく、本当に大変な状況の中お仕事されているのだろうなと思いました。私は今1校だけの勤務ですが、1校分、1万2千冊の蔵書を把握すること、数百人の生徒と先生のために仕事をすること、それだけでもひいひい言っているのに、2校、3校分把握するなど、いったいどうされているのでしょう。

自治体にお金がない、となれば真っ先に勤務時間が削られてしまう立場の私たち。皆さん本を愛する気持ち、子ども達を愛する気持ちがあるから精一杯、いやきっとそれ以上、時には無理をしながら、頑張っていらっしゃるのだと思います。どの自治体の学校司書さんも、少しでも待遇がよくなり、勤務時間や日数が増えて、学校司書としての力が十分に発揮できる環境で働けるようになるといいなと思います。

最後にある先生が、「ここで得られた『本が好き』『読書は楽しい』という気持ちは、きっと生涯その子ども達を支える力になると思います」と言ってくださいました。目に見える数字での成果ばかり求められる今、このお言葉は本当に嬉しく心に響きました。

 

今年度は驚くべきたくさんの方との出会いがありました(まだ終わっていませんが)。ありがたいことです。皆さんの姿から刺激をいただいて、またしばらく私も頑張れると思います。

一方で、誰にも会わずに、家でコツコツ何かを作っていたい、という気持ちもあります。かごとかね。まあこれは誰にでもある現実逃避というやつですね。でもしばらくは外で頑張りなさいよというのが神様から与えられたミッションなのでしょう。頑張ります。

 

話は変わりますが、昨日は息子と大切な話を2つしました。

ひとつ目は、「うつるかもしれない病気」というのを、どう怖がるか、という話。近々外国からの観光客がたくさん訪れる場所に行く予定で、息子が心配していたので、毎年日本国内でどのくらいインフルエンザで亡くなっている人がいるか、肺炎でどのくらい亡くなっている人がいるか、今アメリカでインフルエンザでどのくらい亡くなっている人がいるか、といった話をしながら、「うつるかもしれない」「こわい」という気持ちは、簡単に誰かを排除する、いじめる気持ちに繋がりやすいから、本当にこわいのか、どんな風にこわいのか、どれだけこわいのかというところを、よくよく慎重に調べて考えて行動しなくてはいけないよ、と伝えました。手洗いやうがいが大事なのは当たり前。あたたかい水分をこまめにとって、睡眠をちゃんととる。やるべきことはそれだよ、と。

もうひとつは、たまたま話すきっかけがあったので、脳死と臓器提供の話を。

でもこれはやはりまだ息子には早かったようで、「こわい」と息子は話していました。脳死、というのがまずイメージできない(私だってそうです)。「天国に行く途中なの?」と息子は尋ねてきました。わからないなあ。いっぱいわからないことあるけど、臓器を「あげたくない」と思うのも、「あげてもいいよ」と思うのも、どちらも正しくて良い選択なんだよ、そして世の中には実際に、「あげてもいいよ」という人がいて、それを受け取って、生きられる人がいるんだよという話をしました。

 

さあ寝なくては。私もちゃんと睡眠とって元気でいなくては。

皆さまもゆっくりお休みください。

良い週末を。

 

| 日々 |
つづける

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

久保さん、ユメノクニお疲れ様でした。

私はもうおそらくそちらには20年以上足を運んでおりません。その頃とはずいぶん様子が変わっているのでしょうね。

そのネズミの彼が出てくる映画で昔『ファンタジア』というのを見ました。それはとても面白かったですよ。あとネズミの彼は出てきませんが『わんわん物語』という映画に出てくるビーバーが私好きなのですが、ユメノクニにはいましたか? 『わんわん物語』、吹き替えだとあのビーバーの良さはわからないのでぜひ字幕で見ていただきたいのですが…。

 

今日は関東地方は雪の予報でしたが皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか。

昨日こちらは大嵐で学校帰りの中学生たちの傘がひしゃげていました。私も自分の傘がひしゃげないように半分くらい閉じたり開いたりしながら歩きました。

 

バスでは久しぶりに高校司書のAさんと一緒になりました。最近はタイミングが合わずなかなか会えないのですけど、久しぶりに会えたので、ほんの少しだけ近況報告しました。

仕事について、「とにかくやめないのが大事なんじゃないかと思ってます」と私が言うと、「そうよ、そうよ」と励ましてくれました。

繰り返し書いている、年末からの「How dare you!」をきっかけに、「これからどうしようか悩んでいる」「こんなことならやめたい」という声が、周りの仕事仲間から聞こえてきて、ものすごくわかるし私も悩むけれど、今は「とにかく続けよう」「どう続けるかを考えよう」という気持ち。

夫の仕事もなかなかに大変そう(舞台は無事終わりました)で、ずーっと彼も悩んでいますが、やっぱり「やめる」という選択より「どう続けるか」を考えた方がいいねと最近は話しています。

厳しい状況そのものを、きっと自分の力で変えることもできるし、状況に応じて、自分が仕事のやり方を変えることもできるはず。「続ける」イコール「上の言うことを全部聞く」ではないですからね。柔軟性とコミュニケーション力が大切なんだなと最近強く思います。

 

それはそうと、この間息子のクラスのみんなでお餅つきをする機会があり、実は生まれて初めて餅を丸めました。

手のひらでただコロコロすればいいのかと思っていたら、違うのね。毎朝餅を食べているというHちゃんに教えてもらい、手で餅をのばしながら包み込んでいくという、そういう丸め方を生まれて初めて知りました。

面白かったけれど、45歳まで自分が餅を丸めたことがなかったのが恥ずかしい。これまで餅つきに参加したことはあっても、いつも他の誰かが丸めてくれていたんですね。これからは丸める人でなくてはね。

でも久保さんはどうですか? お仕事でお餅を準備されることがたくさんおありだと思うのですが、群馬でも丸めるのでしょうか。それとものばしてカットするのですか?

みんなでついて丸めたお餅は美味しかったですよ。みんなお皿も出さずにつきたて餅を手に取り、自家製韓国海苔や自家製ザーサイ、あんこやきなこ、大根おろしなどをのせて頬張りました。ドライフルーツで甘味をつけたぜんざいも美味しかった。たくさん余ってしまったけれどその場で作ったお味噌汁も美味しかったし、食後にいただいたコーヒーも最高でした。幸せ幸せ。何がすごいって息子の学校はお父さんたちがたくさん動いてくれるのですよ。この餅つき企画もお父さんたちがLINEで連絡を取り合って準備してくれました。ありがたいことです。

帰りの電車からは若草山の山焼きが見えました。うちの近所からも見えるかなあ、やっぱ見えないなあ、残念だなあと息子と話しながら帰ってきたのですが、なんと我が家のベランダから見えました。引っ越して来て3度目の冬ですが、これまで気づきませんでした。

 

しつこいようですが年末の「How dare you!」からずっと怒りを抱えて、険しい表情をしている自分が本当に嫌でしたが、ひと月くらい経過してやっと、気持ちが和らいできました。時間が経ったからというのもあるけど、やはり家族や周りの人たちに助けられてなんとか乗り越えられているのだなと感じます。

そう、昨日、小学校司書のTさんが私の働いている図書室を見学しに来てくれたのですけど、Tさんのいる小学校を卒業した子が私のいる中学校に入って来ているので、放課後開館の時に「あ、T先生」と気づいて何人もの生徒がTさんに話しかけていたのです。それであとになってTさんが、「道ですれ違っても無視されるのに学校だと気づいてくれた」と言って涙を流していて、私笑ってしまったのですけど、でも喜びってそういうところにある。そういうものに支えられて私たちは生きていますよね。

 

さあ、夕飯を作らなくては。

これまで息子は夜8時半までに布団に入るのがルールで、それに間に合えば私が読み聞かせをしたり自分で本を読んだりがオーケー、ということにしていましたが、昨日から「8時までっていうルールに変える」と息子が言うので(おそらく彼は背が高くなりたいのでしょう)30分早く夕飯も作らなくてはいけません。

 

ではでは、皆さまも良い夕餉を。

 

| 日々 |
読まないより読む人生

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

久保さん! 久保さん!!!

「しいたけ園→ブロッコリー」の3年ぶりの更新、待ってましたよ!

喪中でいらっしゃるとのことですが、おばあさま105歳までお元気でいらしたとのこと、本当に素晴らしいことですね。私もそのお姿を追いかければあと60年生きられる(かもしれない)と勇気が湧きました。

もう十数年前になりますが、久保さんのご実家でおばあさまにお会いした時には、元気にお仕事をされていましたものね。

久保さん、今年もよろしくお願いいたします。更新、待ってます!

 

さて、私はひとまずブックトークが終わり、ほっとしています。

クラス数が多いので持久力が必要なのですけど、かりんシロップのお湯割で喉を潤しながら乗り切りました。

生徒達はものすごい集中力で話を聞いてくれました。5、6時間目はちょっと眠そうな子もいましたが。

ブックトーク、これまでは40分くらい喋って、残りの時間は自由に本を読んだり借りたりしていいよ、という時間にしていたのですけど、そうすると、本が好きな子は紹介した本を借りていくけど、そうでない大部分の子はただ本棚を眺めて友達と喋って終わり、ということが多く、「これは何かの種まきにしかならないなあ」と感じていたのです。なので、今回は、本の紹介を35分程度にし、残りの時間は実際に紹介した本を全員に読ませてみる(強制的に)、という形にしてみました。5分くらい本を読んで、そのあと1分くらいで、その、読んだ中で見つけた「自分のために」残しておきたい言葉や感じたことをプリントに書く、という作業をさせる。そしてまた別の本を5分くらい読んで、1分メモする、という形。

そうすると、やっぱり話を聞いて「へえー、そういう本があるのか」と思うだけじゃなくて、実際に文章に触れてその表現の美しさに驚いたり(『羊と鋼の森』)、「自分に足りない部分があってもそれを隠さなくていいんだ」と思ったり(『「どうせ無理」と思っている君へ 本当の自信の増やし方』)、様々に、たった5分でも読んだ中から見つけたことを書き残していて、これは、やって良かったのではないか?と思っています。

 

忙しい、とか、他に楽しい誘惑がたくさんある、とか、恋愛のことばかり気になる、とか、中学生が本を読まなくなる理由はいくらでもあるわけです。自主性に任せていると多読者と不読者の二極化は進む一方ですから、ちょっと強制的にでも全員に「読む時間」を作ってあげて、「読書って意外と楽しいかも」というのが伝わると良いなと思っています。

自分が学校に通っていた時、読書で何が嫌だったかというと、「読んでみたい」と思えないものを無理やり一冊読んで感想を書かなきゃいけなかったり、逆に「読んでみたい」と思った本に対して大人が「そんな本」とケチをつけるのが本当に嫌だったのです。だから子ども達には「一冊全部読まなくてもいい、目次を見て、気になったところだけを読むのでもいい、それでたくさんの本に手を出していたら、そのうち『ほっとけない本』に出会える、『最初から読んでみたい』と思って読み出して、気がついたら最後まで読んでしまった、そういう本はきっと自分の宝になるから」という話をしています。本好きではなかった私が言える精一杯のこと。

本を読まなくてもきっと生きていけるけど、私は40を過ぎてから無理やり本を読む人生になって、不思議だけどこれでとても良かったと思っているのです。読まない人生より読む人生の方が良いことがたくさんある、と今は感じる。自分の楽しみのためだけでなく、世界と向き合うため、誰かに騙されないため、でもあります。

 

さ、ここからは、また大人に向けたプレゼンの準備が始まります。どうしてこんなに喋っているのかわからない。静かに、目立たないように仕事をしていればよかったものを。すごく背伸びして、大股で歩いてきてしまった気がします。来年度はおとなしく過ごしたい。勤務校の生徒や先生達のための仕事に集中したい。

 

頭が疲れている時に助けてくれるのはやっぱりデザインの本です。今は『北欧フィンランド 巨匠たちのデザイン』というのを読んでいます。大好きなカイ・フランクだけではない、様々なデザイナーの人生やデザイン哲学を知ることができます。ものすごく面白い。デザイナーの方々が、仕事の中で何を捨て何を残すのか、そういうところに私はすごく興味があって、自分の人生にそれをどう取り入れようかと考えるのも好きなのです。

 

今日も1日頑張りましょう。

あ、夫は今日、應典院コモンズフェスタで「蛙を食べて蛙について考える会」というのに参加してトークするそうですよ。ご興味のある方はぜひ。

そして明日は同じく應典院コモンズフェスタで夫の演出した『僕がうまれた日』が上演されます。予約はもう定員いっぱいだそうですが、立ち見なら入れるかも、と夫は話していました。こちらも、ぜひ、ぜひ!

 

皆さま良い週末をお過ごしください。

 

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