しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
友よ

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

息子の夏休みが終わりました。全国のお父さんお母さんお疲れ様でした。

久しぶりに息子のいない我が家というのを味わっています。こっそり捨てたいものは、今捨てなければ。「これとっとくの? どうするの?」と訊くと大抵「とっとく!」となりますから、あふれているゴミのようなものは、訊かずにそっと処分よ。

 

息子は昨日まで保育園でお世話になっていました。大好きなふうちゃんとこの夏めいっぱい遊べて本当に幸せそうでした。息子が小学校に入る前、保育園を卒園する時には、ふうちゃんは「なんで明日から来ないんだよ!」と言い、息子は「小学校に行くから…」と言って、それが別れの挨拶になったのでした。それが、1年以上経って、再びこんなにいっぱい遊べる時が来るなんて、人生は何が起こるかわからないね、よかったね、と言いながらこの夏を過ごしてきたのでした。

そしてまた昨日はお別れの日。ふうちゃんのパパと、私と、ほぼ同じ時間にお迎えに行き、保育園の先生とさよならした後も、ふたりは別れがたくてしばらく外を駆け回っていました。高いところからジャンプしたり、開けちゃいけない蓋を開けて「チョコレートや」「チョコレートや」「…くさっ!」「…くさっ!」「これチョコレートちゃう、あれや! ここ(お尻)から出るやつや!」「え〜!」「うーまるこーや!」「ぎゃ〜!」と言ってまた駆け回り、「ろくじきょうだい〜」と言って肩を組んでいました。息子もふうちゃんも名前が6字、そしてお迎えが6時、ということで、ふたりは「ろくじきょうだい」なんですって。遊んでいてちょこちょこ言い争いになることがあっても、「おれら『ろくじきょうだい』やしな」と言って仲直りしてきたのだそうです。

私とふうちゃんのパパが、「そろそろ…」と言ってからも、何周も何周もふたりは駆け回って、そのうちなんとなく別れの覚悟ができたのち、ふうちゃんは「あばよ」と言い、息子は「また会う日まで」と言って、大きく手を振ってさよならしました。

 

保育園で出会うお父さんお母さんたちとは、連絡先を交換したことがないのです。私が携帯を持っていない、というのもあるけれど、お互い忙しいし、住んでる場所も離れているから、どんなに子供同士が仲良くしていても、親が子供たちのために「一緒に遊べる時間、場所」を設定してあげることが難しい。「遊びにおいでよ」と気楽に言えないので、親同士はなんとなく距離を置き、「きっとまた会える」と信じてさよならしています。お祭りに行ったりとか、買い物してる途中にばったり会えることもあるんです。そんな日を楽しみにしています。

 

さて息子の夏休みの宿題ですが、「『間に合わない』と言って泣くのだけはやめてちょうだい」と言い続けてきまして、「大丈夫だよ」と息子は言い続けてきまして、それでも「泣くのか、おい!」となりそうな瞬間もありましたが、なんとか準備を済ませて今日は元気に登校しました。

「一行日記」と言って毎日の天気とできごとを一行ずつ書く宿題があったのですが、もちろん息子はまとめて書いていましたよ。この夏は「さかのぼる」という行為について学んだ息子です。いきなり十日以上前のことを質問されてもこちらは困りますからね。「19日から始めるんじゃなくて、今日のぶんから書いて、昨日、おととい、その前…、の順番で思い出すのよ!」と、そんなことを何回もやりました。

いつも何かしらモノを作っているので、校内作品展に出すモノに関してだけは困らず、どれを持って行こうかと悩んだ末にトイレットペーパーの芯を使ったマジックの道具を持って行きました。トイレットペーパーの芯から紐が4本出ていて、そのうちの1本を引っ張ると、「え、どうして?」という側の紐が短くなる、という道具です。

 

私は昨日から有島武郎を読んでいます。こんなに面白かったのか、とびっくり。文章について「描かれた(えがかれた)」という表現をしますけれども、彼の文章は「彫られた」ように感じます。くっきりとしていて美しい。触りたくなる文章です。

 

さあ洗濯物を干すぞ。レポートも書くぞ。こつ、こつ、と単位をためていくのだ。

皆様もよい1日をお過ごしください。

 

| 日々 |
ちょっぴり親離れ8歳

久保さん、みなさん、こんばんは。

うじゃうじゃしてますね、トンボ。秋の虫も鳴いています。

 

暑い夏でした。関東は、雨が多かったみたいですね。

家族で横浜の義父母の家に行った頃から降り始めて、それからしばらく、降り続いていたみたいですね。

 

この夏は、夫の実家と、私の実家(大阪)に加え、横須賀に住む私の父の家にも久しぶりに行きまして、息子が能面の工房で楽しませてもらえたことが、いつもの休みと違い、おもしろかったです。四角い木が削られてお面の形になっていくことや、胡粉て何? 膠って何? なんてのも教えてもらえて、髭や髪の部分に使う馬の毛も触らせてもらえて、そして何より狐の面(口が動くんです)を何度もかぶらせてもらえたのが、息子は大満足だったようです。

私は本当に久しぶりに弟のJ君(なんと中1!)に会えまして、その成長っぷりにどきどきしてしまいました。前回会った時にはまだ小学生になってなかった気がするので…。私は不義理な姉ですのでただの親戚のおばさんといった感じで、「学校は楽しい?」「野球はいつからやってるの?」なんて普通の質問しかできませんでした。

父の奥さんのMさんはおいしい手料理を次から次へと出してくれました。すごいですよ。私もああいうおもてなしができるようになりたい。私が自分のことを「洗い物くらいしかできないヨメ」と言ったら「でも典子さんはイノシシがさばけるじゃないの」と言ってくれました。

 

ああ大事なことを書かなくちゃ。息子が8歳になりました。めでたいなあ。

この夏また背が伸びたような…。大阪の父が「今何キロくらい?」と訊くので「13キロくらいかなあ…」と私がこたえたら、「んなことあるかい!」と言うので体重計に乗らせてみたところ22キロありました。びっくりしました。いまだに抱っこさせられることがありますが22キロもあったのか!

誕生日を過ぎてから急に「ぼくを子供扱いしないでくれよ」的な態度をするようになり、あんまりふざけられなくなってちょっと寂しいです。

 

アーサー・ビナードさんの『知らなかった、ぼくらの戦争』、よかったなあ。貴重なインタビューがたくさん載っていました。戦時中、人々が何を信じさせられていたか、その裏に日本やアメリカという国のどんな思惑があったのか、そのあたりの解説もわかりやすく書いてあって、「戦争は悲惨だ、よくない」という話だけで終わらずに、これからを生きる知恵も授けてもらえたんじゃないかと。体験談を聞くことは本当に大事だけれど、それだけでは「えー、戦争ってこわいー」で子供達は終わってしまうから、「じゃあこれから戦争をしないために、どうする?」というところへ繋げられる、このような本を、もっと知っておかなくちゃいけないな。

掲示する新聞の切り抜きも、悩みながら選んでいます。生徒たちに知っておいて欲しいこと、でも目を背けたくなる表現ではないものを。

 

さあ寝なくては。息子が寝言で「ありえないこと言わんといて!」と言っています。また私が怒られたのでしょうか。

みなさまおやすみなさい。お互い良い夢を見ましょうね。

 

| 日々 |
トンボが来たので

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

7月が、終わりましたね。

暑い時間もあるけれど、雨もよく降るし、トンボもちらほら飛んでくるようになったので、もう夏も後半ですよ。

 

慌ただしかったなあ、7月。ひとつひとつ、終わらせていきました、私は。

レポートをひとつ提出したと思ったら、違うレポートが「再提出」と書かれて戻ってきたりして、まあ思うようにはいきませんでしたけど、それもとりあえずは書き直して「再提出」しましたので、ほんの少しだけ、夏休みです(仕事はありますが)。

いつも大学の勉強は家でしているのですが(通信なので)、実際に大学へ出向いて授業を受けなければならない科目というのがあって、これがなかなか、新鮮でした。半年分の授業を3日間で終わらせるということで、先生は9時から17時半までしゃべり通しなんですよ。すごいと思いました。

私より年上と思われる学生もたくさんいて、若い人も、たくさんいて、でもやっぱり若い人たちは先生から遠い席に座るんですね、面白い。私くらいの年齢になると「聞き逃しちゃ大変」と遠慮なく先生の目の前に陣取るのです。先生の周りはおじさんおばさんばかりです。

 

息子は夏休みを満喫しています。いい顔しています。

学校に行ってる時にはまあ色々あるのでしょう、気持ちが荒れてひどい口のききかたをしたり、言うことをきかなかったりして、毎日こちらも怒鳴り声をあげなきゃいけないのですが、夏休みに入ってからは別人のように落ち着いて、終始ニコニコしています。

この間、文楽の『夏祭浪花鑑』を観に行ったので、それをどうにか家で再現できないかと、今日は指人形版『夏祭浪花鑑』の準備を彼はしていました。本当は木を削って首(かしら)を作りたいのですって。それも、穏やかな顔が一瞬で怖い顔になる「ガブ」というのを作りたいらしいのですけど、まだ彫刻刀を持ったこともないから、「大人でもいきなりはできないものなのよ」と説明したら、彼は指人形の顔が一瞬で変わるしくみを考え出して見せてくれました。なんでもできるじゃないか。

この間は観劇用のチケットを作っていて、「あーちゃんは『に・い・に』を守れますか?」と言うので、「『に・い・に』ってなに?」と聞いたら、「しずか『に』、たべな『い』、トイレ『に』、の『に・い・に』だよ」ということでした。トイレに、は、開演前にはトイレに行っておいてね、の意味だそうです。「守れるよ」と行ったら『に・い・に』が記されたチケットを渡してくれました。上演される日が楽しみだ。

 

そう、彼は私が仕事の日には保育園に行っていまして、それもあって、毎日バラ色なんですね。「○○保育園は100%楽しい」と言っています。仲良しのふうちゃんと水遊びしたり虫とりしたり戦いごっこしたり、園長先生のおやつ作りを手伝わせてもらったり、そりゃ楽しいでしょうな。

つかまえてきたショウリョウバッタは家で育てています。虫かごに7匹。ちゃんと息子が草を取ってきて世話しています。バッタなんてすぐに弱ってしまうかなと思ったけど、意外に元気。脱皮もするのですよ。体が大きくても羽が小さいのはまだ幼虫なんですって。

 

さあ寝なくては。明日も仕事です。

最近は息子が寝る前には一緒に恐竜図鑑を読んでいます。好きなところを見開き2ページだけ。

私は星野道夫さんの『旅をする木』とアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』を読んで忙しい日常から逃げていたのですが、ちょっと落ち着いたので、福岡伸一さんと阿川佐和子さんの『センス・オブ・ワンダーを探して』を読み始めました。あとアーサー・ビナードさんの『知らなかった、ぼくらの戦争』も読む。

 

では皆さまおやすみなさい、よい夢を。

 

| 日々 |
数字をどう扱うか

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

夏はまだまだ続くのだけれど、毎年、この時期が一番「厳しい暑さ」であるなあと、思います。だから「この暑ささえ乗り越えたら」といつも思います。

我が家はクーラーがないので、昨日のような暑さだと参ってしまうのだけど、こんなのは、ほんのいっとき。もう少ししたら、トンボの群れがやってきて、秋の虫が鳴くでしょう。

 

息子は夏休み。

家にいても私が相手できないことが多いので、ひとりで夢中になって実験したり、手品の練習をしたり、ぬいぐるみを操り人形に仕立てて人形劇の練習をしたり、そういうのを上手にできるようになりました。

私の試験中も静かにしていられるようになりました。この間も「今日あーちゃんは一日中勉強です」と言ったら、「じゃあ僕はカフェの人になる」と言ってアイスコーヒーとドーナツを運んできてくれました。アイスコーヒーを飲み終えると、梅シロップが出てきました。ありがとう。そして「あーちゃんにアジのさばきかたを教えてあげる」と言って、図鑑を見ながらアジのさばきかたを絵に描いて持ってきてくれました。三枚おろしのやりかた。絵の横に「すぱっ」とか、「かわをむく」とか書き添えてあります。

そう、それで昨日一緒にパン屋さんに行って、フランスパンを切ってもらってる間、息子はパン職人さんの手元をじーっと見ながら「アジのさばきかたやったら教えてあげれんねんけどな」とつぶやいていました。実際にやってみないといけませんね。

 

夕飯後、リンゴをかじりながら、「リンゴの木もオスとメスがあるの?」と息子が言うので、「いや、ないよ、一つの花の中におしべとめしべがあるからさ」と説明したら、「あーちゃん、知ってる? ガラスにもオスとメスがあるんだよ」と。「使ってる時にはわからないんだけどね、捨てられる時に、そのまま捨てられるのが、オス、リサイクルされるのが、メス」ということでした。「だって生まれ変わるでしょ?」と。そうねえ。「あーちゃん、知ってる? 教科書にもオスとメスがあるんだよ」「そうなの?」「いやちがった。お母さんと子どもがいるんだよ、教科書が、お母さんで、ノートが、子ども。だって教科書を読んで、書いたのがノートでしょ?」「そっかあ。お父さんはいないの?」「お父さんは、…ドリルノート」へえー。「あーちゃん、知ってる? 冷蔵庫にもオスとメスが」…と、その後しばらく続きました。

 

一学期が終わって、本当に、ほっとしています。夏休みの間も仕事には行くのですけど。

こないだは一学期最後の心配事、「生徒たちを連れて本屋さんで本の買い出し」というイベントが、なんとか無事に終わって、もうほんとに、心底、ほっとしました。生徒たちはいい本をいっぱい選んでくれました。かなり心配してたんですけどね。「これいいのかなあ、買って…」と悩んでしまう本が多かったらどうしようと思ってたので。ただものすごく暑い中たくさん歩きましたから、「今度からは時期をずらしましょうね」と先生と話しました。何事もなくて本当によかった。

 

その時期学校では三者面談というのが行われていて、子どもの成績を見せられ泣いてしまう親御さんもいらっしゃるという話を聞き、親に泣かれた子どもの気持ちはいったい…、と、気の毒に思いました。なんとかならないのかな、このシステムは。小中学校に学期ごとの成績表って必要あるのかな。

息子は一年生の最後に、身長体重と、50メートル走のタイムについて、奈良県平均と比べてあなたはどれくらいの位置、と示された偏差値とグラフを持って帰ってきたんですけども、こんなのも、ほんと必要ないよね。データ収集したいのなら教育委員会とか文科省の中だけで使ってくれたらいいんですよ。こんなのいちいち子どもや親に見せてくれなくていいよ。勉強についての理解度だって、そんなに何度も何度も数字で見せつけられたら、やる気になるどころか、学ぶことが全然楽しくなくなるよねー、と、私は思うんです。先生たちが悪いんじゃなくて、システムの問題。これどうにかならないのかしら。

 

数字を把握しなきゃいけない立場、というのはそりゃある。私の仕事もそう。だけど、例えば、3年生より1年生の方が本をよく借りているからといって、その貸出冊数の数値を生徒たちに見せることがなにか良いことにつながるかというと、否、と思う。こちらで把握しておけばよいことなんだよ。だから、生徒たちに実施した読書アンケートというのも、「毎年やってるから」という理由で引き継いだけれども、その集計結果をどのような形でみんなにお返しするかというのに、すごく悩んでいる。

学校によっては、「貸出冊数の多いクラスランキング」というのを毎月出さないといけないところもあるらしく、なんじゃそりゃ、と思う。私たちの数字の出し方によって、本嫌いな子はますます本嫌いになると思う。数字で煽るのではない形で、「本、読んでみようかな」と思わせたいよ私は。

 

さあ、やらねば、私の勉強を。Web授業、というのを今は受けていて、来週はその試験。その前に今週末は大学でちゃんと先生と対面する授業もある。それが終わったらレポートがひとつ。そしてさらに試験がひとつ。暑いけど頑張る。

 

息子は今デジカメでナスやピーマンを撮影し、さらにその影絵を撮影し、私にクイズを出してくれています。

彼は暇とか退屈ということを知らない。ありがたいことよ。

 

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
嬉しいことも、倒れそうなことも

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

今日も奈良は快晴。プールに入ったら気持ちが良いでしょう。

寒すぎなければ、プールは大好きな息子。もうすぐ夏休みだし、ウキウキしています。

最近はハギレを使ってよく小物を作ってくれています。針と糸で縫うのは大変だからと言って、ホッチキスでパチパチとめて、パペットや、コースターや、小さなバッグや、財布を作っています。

 

忙しくて掃除がまともにできないでいると、家の中にアリが入ってきます。いつもはベランダで活動してるけど、汚くなると家の中と外の区別がつかなくなるんですね。

アリが列をなして入ってくる状況に合わせて、私が中学校の掃除の時間に流れている曲を歌っていたら、夫が「サンダーバード?」と言いました。知らなかったよ。サンダーバード、見たことないんですけど、私が歌っていたのはサンダーバードのテーマ曲なんですって。私はアリの行進にぴったりな曲だと思うんですけど、中学校では掃除の時間に流れてるんですよ。

 

息子は家で「ベートーベンが聞きたい!」と言い、「ピアノが入ってたと思う」と言うのでピアノソナタやピアノ協奏曲をいくつも聞かせてみたのですけど「違う」と言うので、小学校2年生が知っているベートーベンといえば…、と考え、「運命」を聞かせたら「それだよ!」と喜んで、「うんめいってどういう意味なの?」「ベートーベンはなんでこの曲を作ったの?」「あ、これはいい時の気持ちだね」「あ、大変なことが起こってる時だ」とか言いながら最終楽章まで聞いていました。

 

さて、職場の中学校の3年生は、無事「幼児とのふれあい体験」というのが終わったようです。自由遊びの時間に10人以上の子を集めて読み聞かせをしていた生徒もいたと聞いて、本当に嬉しいです。ガッツポーズ。

 

しかし本当にがっくりくる言動をしている大人もいて日々衝撃を受けております。昨日は「今はいろいろ言い方が変わって『ひとり親家庭』とか言うけど俺は頭が悪いからピンとけーへん。『母子家庭』言うてくれたらわかるのに。」という人がいて卒倒するかと思いました。いったい何を考え、感じ取りながら数十年お仕事をされてきたのでしょうか。

 

本当にわずかな力ではありますが、みんなが少しでも、自分と違う環境で生きる人たちの心に目を向けられるようにと、新聞記事の掲示を日々頑張っています。

ありがたいことに4紙の新聞に目を通すことができるので(今は新聞屋さんのサービス期間中らしく6紙)、その中から世界のニュース、奈良のニュース、そして書評や学校案内などを切り取り掲示しています。日本(奈良以外)のニュースは「世界のニュース」の中に入れています。災害のこと、沖縄のこと、共謀罪のこと、などなど。

廊下の掲示板に張り出しているので、普段それをどのくらいの生徒が(そして先生が)見てくれているかわからないのですが、「あたし通る時いつも見てますよ」と言ってくれた生徒がひとりだけいたので、その言葉を励みに、これからも頑張ります。

 

よく「中高生」という言い方をされますけれども、中学生と高校生では大きく違うのだろう、ということも、最近わかってきて、これから丁寧に勉強していきたいところ。中学生の中でも1年生と3年生とでは、通じる言葉や見ている世界が少し違うように思われます。もちろん個人差はあります。個人差の話は別。そうではなくて、ざっくりと、「この本、高校生だったら読めるかもしれないけど、中学生にはハードル高いかな」とか、そういうのが、ぼんやりと見えてきたので、これからもっとわかるようになりたい。

 

ささ、自分の試験の勉強をしなくては。洗濯物も干さなくちゃ。今日は洗濯機2回まわすんだ。

皆様もどうぞよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
おかげさまで

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

蒸し暑くなってまいりました。

ベランダの朝顔が毎朝たくさん咲いて、息子と数を数えるのが楽しいです。たいてい十数輪は咲いてくれます。薄い青。夕方になると赤紫になります。

そして今夜はお月さんがきれいですね。

 

予測はしていたんですけど、今月はとんでもなく忙しいのです。でもできるだけ「たいへんたいへーん」と思わないように、淡々とやっていきたい。ジョギングしてるみたいに。

諦めることもいろいろあります。レポートひとつ、試験をひとつ、そして卒業ゼミナールをひとつ…。

それでも目の前に試験がふたつ残ってる。授業もある(大学の学生としての)。レポートは、延期したとしても書かないわけにはいかない。卒業ゼミナールも、逃げられるものではない。いつかは参加しなくては。仕事も間に合っていない。一学期の報告書、アンケート集計、選書、買い出し、などなどなど…。きっとあっという間に夏休みも終わるのでしょう。

 

先日、元上司であり今は大先輩として私を支えてくださっているMさんのブックトーク(あるテーマを設定してそれに因んだ本を何冊か選び授業などで紹介するのです)を見学させてもらう予定だったのに、すっかり忘れてしまいました。その日の朝は、一度も手帳を開かなかったんです。「今日は休み!」と思い込んで、というか思い込みたくて、手帳を開かなかった。しまった。

でもあとになって「大変失礼いたしました」とMさんに謝ったら、「レジュメだけでもお渡ししましょうか」と言って、レジュメのコピーをくださり、私ひとりのために細かくその日のブックトークの内容を説明してくださいました。本当にありがたかった。

応援してくださっているのです、Mさんは。この春、不安だらけで青い顔して中学校へと旅立った私のことを、いつも励ましてくださっている。だから見学の日を忘れるなんて本当に失礼なことをしてしまったのに、困った顔ひとつせず、ただただ熱心に、仕事を教えてくださったのです。「頑張れ」ということです。頑張ります。

読み聞かせ講習についてもMさんから色々教えていただいていたので、「無事終わりました」と報告したら、「いや〜、頑張ってるね、頑張ってるね」と労ってくださいました。

ありがたい。このご恩を忘れず、精進しよう。

 

Mさんだけでなく、どれだけの人に支えてもらっているだろうかと、感謝は尽きません。この春はほんとに、みっともないくらい泣き言を言いまして、それを周りのあらゆる方が、「大丈夫、きっとできるから」と励ましてくださったのです。それでも「なんで『大丈夫』なんて言ってくださるのかわかりません」なんて返して、それをまた「大丈夫、大丈夫」と繰り返し励ましてもらって、その皆さんの気持ちを支えに、なんとかかんとか、やってこれたんです。もうすぐ、一学期が終わります。皆さんのおかげで、無事、一学期を終えることができます。ありがとうございます。

 

ああ、月が高くなってきました。

少しだけ勉強してから寝ます。

皆様おやすみなさい。良い夢を。

 

| 日々 |
がんばってティーンズ

久保さん、皆さん、こんにちは。

雨がよく降っています。

今日も学校のプール授業が中止になって、息子は喜んでるだろうな。泳ぐのは好きだけど、寒いプールは嫌なんですって。

 

仕事先の生徒達が近々幼稚園や保育園で保育実習をするらしく、その時に困らないようにと絵本の読み聞かせ講習を昨日からやっています。行った先で実際に読み聞かせをするチャンスがあるかないかもわからないので、最低限気をつけなければいけないことと、絵本の選び方などを簡単に説明し、授業の後半はひとりずつ前に出て絵本を読んでもらっています。

とは言っても思春期ど真ん中ですから、前に出てももじもじしてなかなか読み始められない生徒もいるのです。恥ずかしいのはわかるよ、わかる。でもそのままじゃだめだよね。実際に保育園や幼稚園に行ったらちゃんとできるのかもしれないけどさ。などとちょっと厳しいことも言ったりします。クラスによっても雰囲気が違って、「しょうがないなあ」と姉御肌の生徒が楽しく読んでくれたりすると、みんなも和むし、そのあとに続く生徒も読みやすい。最初にあてた生徒がもじもじしちゃうと、そのあとみんなしてもじもじしちゃってやる気なしの態度が続く…。

「あの一言を言い忘れたからそのあとスムーズにいかなかったのかな」とか、私が反省することも、いろいろあります。まだあと3クラス残っている。どうなるかな。絵本を読んであげること、読んでもらうこと、の楽しさが少しでも伝わるといいな。

 

嬉しいのは、終わったあと絵本好きの生徒が集まってきて、「これ懐かしい」と言いながら絵本をぱらぱら見て行ってくれることで、昨日は『三びきのやぎのがらがらどん』の話で盛り上がる女子と、『どろぼうがっこう』の話で盛り上がる女子とが給食の時間直前まで残ってわいわい言っていました。私が子供の頃に読んでもらった絵本を、彼女達も小さな頃に読んでもらっていて、そして彼女達が大人になってまた、その下の世代に読んであげるかもしれないのです。絵本はすごいよね。『ピーターラビットのおはなし』は初めて世に出てから今年で115年目です。授業の準備のために私が家に持ち帰っていたら、息子が勝手に読んでいて「あーちゃんこれ面白いね」と言っていました。115年前の子供達も、今の子供も、「これ面白い」と思うんです。

新しい絵本の中にも素晴らしいものはある、という話も、もちろんしています。講演会など聞きに行くと、「新しい絵本に面白いものはない」とはっきりおっしゃる方もいるのですけど、私は全然そんなこと思わないので。

 

こんな風に私はたまーに授業のようなことをするだけなんですけど、先生方は毎日されているのかと思うと、いやはや大変だなあ、すごいなあと思います。この間、ある勉強会に行った時に話をされていた先生は、「生徒達には吸う(話を聞いて知識を吸収する)時間ばかりではなく、吐く(自分が体を動かす、声を出す)時間も必要、授業の中ではそのバランスが半々になるよう心がけている」とおっしゃっていて、なるほどなあと思いました。

 

自分の仕事には責任を感じていて、精一杯頑張ろうと思うけれど、ひとりの小さな人間として、これって生きてきて初めて出会う光景だなあ、面白いなあ、と思うことがあります。女子達が、プールの授業のあとで、みんな肩にタオルをかけたままの状態で私の話を聞いてくれるのですよ。授業の直前まで、濡れた髪を懸命にとかしているんです。さすがに話が始まると髪をとかすのはやめるんだけど、タオルは肩にかけたままで、ブラシを手に握ったままで、聞いてくれている。そしてタオルを肩にかけたまま読み聞かせをしてくれる。ま、そういうものなんでしょうけど(ちゃんと髪を乾かす時間もないし)、なんか…、不思議な光景でしたあれは。

あと、放課後、3年生の卒業アルバム用の写真撮影に一緒に参加しなくてはならなくて、それはなんだかとても申し訳ない気持ちになりました。誰かの「思い出」のアルバムに写り込んでしまうなんて。ま、将来「誰これ」と思われる可能性大ですが。

 

さあさあ、そろそろ私は自分のレポートを書かなくては。今は歴史の勉強をしているんです。恥ずかしいことに教科書に出てくる漢字がいちいち読めなくてネットで調べながら勉強しています。「嚆矢」「勝鬘経義疏」「讒言」「宸翰」などなど。

息子は今朝、漢字の宿題をやっていて、「長」という字が『タンタンの冒険』に出てくる「アルカサル将軍」の顔に似ていると発見して喜んでいました。「しっぽが『アルカサル将軍』い、…アルカサル将軍、アルカサル将軍、アルカサル将軍、アルカサル将軍、…5人も書いたで」と。

 

あ、今面白い本を読んでいます。マーヤ・ヴァン・ウァーグネンの『マーヤの自分改造計画 1950年代のマニュアルで人気者になれる?』です。これすごいよ! 詳しく書くとまた長くなるので今日はここまで。

 

皆さまよい週末をおすごしください。

 

| 日々 |
ほそく

昨日書いた、『顔ニモマケズ』。私の中で大きな変化につながったのは、タガッシュさんの通った、美術系の高校の生徒たちの話。死体の絵ばかり描いている子がいて、でも別に残酷なことを実際にやるわけじゃない、ただ死体の絵を描くのが好きなだけで、周りの子も「ここに傷があったらいいよね」なんて言っていて、という話。思春期の、色々と悩みが深い時期、何が心の支えになるのかは、本当に人それぞれ違っていいのだ、理解できなくても、認めるべきなのだ。そばで見ている大人は心配になっちゃうけどね。私が仕事で本を選ぶ時にも、私が考える「いい本」だけでなく、できるだけ生徒たちのリクエストにもこたえようと思っているんだけども、その時に「えーこれかい」と思っても、よほどひどい内容(差別的なものとか)でない限り買ってあげようかな、と。選択の幅がぐっと広くなった気がします。

あと、本(『顔ニモマケズ』)の中にいくつか、ホームレスの方達との関わりが出てきて、そこがとても、気になったというか、自分としてはズシリと重く、うまく説明できませんが、「これ忘れちゃいけない」という気持ちになりました。

| 日々 |
5じ30ぷんにきたようかい

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

昨日の夜から、雨がざんざか降っています。気持ちいい。

そこいらじゅうの大地が、植物が、「雨だ」「雨だ」と歓喜の声をあげています。

ベランダではヒヨドリたちがブルーベリーの取り合いで喧嘩をしています。

 

と、こんな風に書くと、心が静まるので、忙しくても書く。書く。

仕事でも私事でもいくつものことを並行して考えなくてはならなくて、いよいよ頭がパンクしそうなのですが。

ひとつひとつ片付けていくしかないのでしょう。まずは深呼吸して。

昨晩はずっと夢の中で詩の暗唱をしていました。『ぼくの家だけあかりがともらない』という、野長瀬正夫さんの詩です。あさって、ストーリーテリングの勉強会の時に、発声練習がわりにみんなで唱えようと思って。暗唱するんだけど、途中で意識が飛んで、いけない、と思ってまた初めから暗唱して、また飛んで、というのを朝まで延々。疲れました。

そしてさっきまでは学校の授業の準備をしていたけれど、これを書いたら自分の試験のための勉強をします。

ほんとは図書館にも行きたかったけれど、雨も降っているし、今日はあきらめよう。

 

息子はこの間の父の日に、人形劇をつくって、夫にプレゼントしていました。最近YouTubeでフィリップ・ジャンティの映像をよく見ているので、そこから影響を受けたみたいです。

最初は等身大の息子が寝ているところから始まりました。しばらくすると電話が鳴り、眠そうな息子は携帯を耳に当てて、「もしもし…、Eくん?…今どこにいるの?…ニューヨーク!!…つかなんでそんなとこにいるんだよ」と一人芝居が続き、そのあと指人形、人形、息子の頭(顔)、を使った劇へと発展していきました。これが第一部。

食事休憩を挟みまして、第二部のタイトルは、『5じ30ぷんにきたようかい』。「5じ30ぷんにとまとかんをあけてすとーりーをかんがえていると、いやなよかんがしてきて、どあをあけると、ぜりーのようなくうきがただよってきた。まどにとまとをなげると、きえてしまったのだ。いまはそんなよかんはしないけれど、あたまのようすがへんなかんじでたまらない。どうしてこんなじぶんでしかいられないのだろう。かおもだんだんへんなかんじになってきた。それははるのことだった。」(予告チラシより)

予告は素晴らしかったのですけど、この第二部はかなり長かったので、夫は録画もやめて食事の続きをしながら楽しんでいました。

そして今日の夜はなんと、第三部を見せてくれるのですって。もう昨日のうちに準備は済んだみたいで、息子は「パパ、早く帰ってきて! 7時半には帰ってきてよ! 午前じゃないよ午後だよ!」と念を押していました。「かなり面白いよ」と。自信があるようです。楽しみにしています。

 

読まなきゃいけない本も何冊もあって、でも本に関しては、何冊もを同時に並行して読むことはしないと決めています。練習しても私は、「速く読む」ってことができなくて、でも一冊をなんとか速いペースで読み終えるには、集中してその一冊だけを読む、それしか道がない気がして。くじけそうでも他の本に手を出さず、一冊をただひたすら最後まで読む、ってことを、今はやっています。

最近読んですごく良かったのは、『顔ニモマケズ』。水野敬也さんが、顔の変形や脱毛、あざなどのある9名の方にインタビューしている本です。うまく言えないのだけど、とにかく「皆さんぜひ読んで」という気持ち(だめですねこんな説明では)。こういう本て、「つらそうで嫌」とか、「つらいのはみんな同じだし」とかいう理由で手に取らない人もいると思うんです。「でも読んでみて」と言いたい。9人の方それぞれの現実が、軽くも重くもなくそのままに描かれていて、それを知ることで、私たちひとりひとりの生き方、ものの見方が少なからず変わるんじゃないかと思うのです。社会も変わるんじゃないかな。見た目の問題のことだけが書かれている本ではないのです。

あともう一冊、星野源さんの『いのちの車窓から』も良かったです。これは生徒たちがきっと喜ぶね、という気持ちだけで学校に入れたんですけど、読んでみたら、自分がすっかり星野源さんのファンになってしまいました。昔、何度か、すれ違ったことあるんだけどな…。挨拶もしたことあるんだけどな…。気がつけば息子は学校で「恋」を覚えてきて家で歌っているし、中学生は読書アンケートの「好きな作家」欄に「星野源」と書いてるし、学校の事務の方も「あの方の本は読みますね、星野源さんとか」とおっしゃるし、もう、本当に、国民的ビッグスターになられてしまいましたね。でもね、この本を読んだら、有名になった星野源さんだから本も売れるのだ、というのではなくて、こんな素敵な感性を持ってらして、こんな誠実な文章を書ける方だから、こんなにみんなに愛されるんだ! というのが私にもよーくわかりました。生徒たち、喜ぶだろうなあ。息子にも、「星野源さんもマイケルのこと好きみたいよ」と言ったら「ほんとに?!」と喜んでました。

 

さあ勉強だよ。頑張らなきゃ。生協の注文ってのもあるよ。夕飯も作らないといけないね。そして息子の人形劇を見るのだ。

 

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
かみしめる

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

忙しい一週間でありました。

 

仕事はマイペースにやっているのですが、家庭科の先生から難しい依頼を受け悩む、悩む…。

家では大学のレポートを3つ仕上げたり。福祉施設で読み聞かせをしたり。

 

レポートを書いていると私が全くパソコンの前から動かなくなるので、今日は息子がお昼ご飯を用意してくれました。ご飯に鮭フレークやシュレッドチーズをのせてあたためてくれたり。じゃこをパラパラとお皿に散らしてくれたり。ベランダからブルーベリーを摘んできてくれたり。

なんとか3つレポートを書き終えて、よしこれで次回の試験は3科目受験できるぞ、と思ったのに、すべて午前中に試験がある科目だったので、2科目までしか受験できないことが判明しました。ショックだ。もう1科目は来月に持ち越しだ。

 

夫が買い物でためたポイントで、ベーグル専門店のベーグルを注文してくれました。夫は「パン屋さんで売ってるベーグルと全然違うね、おいしい」と言って食べていましたが、私には、とにかく懐かしい味(もちろんおいしい)。代官山で働いていた頃、なにか嫌なことがあると、仕事の帰りにコーヒースタンドに寄ってコーヒーを飲みながらベーグルを食べる、そして店に置いてある『arne』を読む、というのが私にとっての慰めだったのです。その時のベーグルと同じ味。同じ香り。ただただ懐かしい。夫の買い物ポイントのおかげで一週間、朝はそのベーグルを楽しむことができました。もちもちを噛みしめながら、若き日のいろーんなことを思い出しました。「別にいいんだー、このベーグルがおいしいからいいんだー」と、あの頃何度思ったことか。涙、涙。

 

あ、びっくりしたことが最近ふたつありました。

ひとつ目は、夫がいつも「疲れた」「疲れた」と言っているので、「元気だった時をもう思い出せないんじゃない?」と訊いたら、「元気だった時かあ…、足の手術した直後はすごい楽だったなあ、あの時は元気だったかも」と言ったんです。私まだその時彼に出会っておりません。ということは元気な状態の夫を私は見たことがない。ええええー、だよ。元気な姿を見てみたいよ。

ふたつ目は、息子。「あーちゃん、これTちゃんからもらったからあーちゃんにあげる」と言って折り紙で折ったハートをふたつくれました。「え、これFにくれたんじゃないの?」「うん、まあ別に嬉しくなかったらもらわなくてもいいよ」「いや、そうじゃなくてTちゃんの気持ちは? TちゃんはFにくれたんでしょ?」「だってTちゃんに『これあーちゃんにあげていい?』って訊いたら『うん』って言ったよ」と。えええええー、ですよ。だって、ハートだよ。

 

さあ、そろそろ寝て明日は遊ぶぞ。

そしてまた月曜から頑張るよ。

 

皆様も楽しい週末をお過ごしください。

 

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