しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
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うつくしいいのしし

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

もう遅いので、短めに。

 

今日は、息子と一緒に、イノシシの皮を水にひたして、出して、皮の裏にくっついている脂肪をこそげ落として、お湯と洗剤で洗って、そのあと塩とミョウバンを水に溶かした液に漬けました。今、皮鞣しに挑戦中。

 

そう、捌いてきたんです。

 

1歳の若いイノシシ君でした。お友達のSさんに手ほどきを受け、難しいところや力が必要なところはSさんにやってもらいながら、私も皮を剥ぎ、肉を切り分けてきました。

息子も少しだけ手伝っていましたが、内臓を取り出す時になって「くさい〜〜〜」と逃げてしまいました。

開いたお腹を見た時まず目に飛び込んできたのは、胆汁の黄色でした。腸はぎゅうぎゅう詰めだった。なんでこんなに長くなってしまったのかしら腸は。心臓は思っていたよりずっと小さくて、こんなので生きていられるのかと驚きました。

胃の中身を出すときは少し臭かったけど、お腹を開ける時に内臓を傷つけないようにSさんが気をつけてくれたので、お肉自体は、臭くないのです。皮に脂肪を残さないように薄く剥がしていくのが難しかったけれど、「上手いね」と言われ調子に乗ってどんどん剥いでいきました。

こういうのは、疲れるようで、疲れないのです。体は痛くなるけど、しんどくはないのです。

すごいなあ、すごいなあ、と、イノシシの体を見て感心するばかりでした。

肉を食べさせてもらう、感謝の気持ちももちろんあります。

でもこの、きれいな若いイノシシが、本当だったら、山で好きなだけ走り回って、年老いてから死んで欲しかったという気持ちもあるのです。横たわっている姿を最初に見た時に、「お前、なんで罠なんかにかかっちゃったのさ」と、思ってしまった。

かなりの数のイノシシやシカを人間が殺さなくてはならないのは、オオカミがいなくなってしまった(人間が絶滅させてしまった)からだと言われていますね。

本当ならイノシシは山で、私たちは里で、別々に生活して、私はお金を払えば食べるお肉買えますから、わざわざイノシシを捕まえてこなくてもいいわけですけど、イノシシを減らさなくてはならない事情があり、それで罠にかかったからせっかくだからそれを捌くところを見てみたいという気持ちと、実際にやってみたらただただその生きものの不思議さに感心して興奮してしまうし、お肉はおいしいし、でもやはりまだまだ山で生きてて欲しかったという気持ちもあるし、と、自分の中で、全然筋は通らないのです。

でもやらせてもらえてよかったと思います。ありがとうありがとう。

 

焼肉も、猪骨ラーメンも、肉団子も、とってもおいしかったです。

 

持ち帰った肉は、小さく切り分けて、今冷凍庫に入っています。

これがねえ、誰かに差し上げるのがこんなにハードル高いなんて思いませんでしたよ。

「いやーよう食べん」「お気持ちだけでありがとうございます」という方が、いらっしゃるのですね。軽く「ひかれる」んです。

でもわからないでもないです。

私も、自分がどうして今こういうことが平気で(どちらかというと「好き」で)いるのか、わからないです。20年くらい前の私だったら「うわー無理」と思ったかもしれない。

でもこの場所で、一緒に生きているものを、私たちは食べている、本来。生きているものはみんなとても不思議な形をしていて、どれも美しくて、尊いんだけど、その尊いものどうし、みんなほかの生きものを食べて、生きている。そういうことが少しずつわかってきたんだろうな。

美しいイノシシを食べて、おいしいと思って、でも生きてて欲しかったと思うのは、やはり筋が通ってるかな。

 

毛皮は、息子が「チョッキにしたい」と言っています。うまくいくかな。毛皮だけがあって、その中に肉が包まれていないのは、少しギョッとするんですよ。鞣しの作業をしているうちに、慣れてくるかな。

 

さあ寝なくては。

試験は無事3つ終わりました。まだまだ道のりは長いですが。

返却されたレポートの講評欄に「在学生の皆さんへ」と先生からのメッセージが書いてありました。ひとりで勉強する通信教育部の学生に向けて、あたたかい励ましのお言葉でした。頑張る。

 

皆さまおやすみなさい。よい夢を。

 

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