しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
<< 奈良のお母さん | main | 結婚記念日でした >>
『3.11 A Sense of Home Films』
秋篠音楽堂というところで『3.11 A Sense of Home Films』を見てきました。前にも一度、テレビで紹介されていたのを見て少し書きましたが、河瀬直美監督が世界の映画監督に呼びかけて3分11秒の映画を制作してもらい、それを集めた作品です。

「ならしん映画祭」という、奈良信用金庫が企画した催しでしたので、客席は年配の方がほとんどで、上映前の主催者の方の挨拶なども長く、息子はすっかり機嫌を損ねてしまって映画が始まってからもごそごそと落ち着きがなく2度退場。「帰るよ」と言うと「見たい」と言うので「じゃあ静かにしてなきゃだめ、じっとしていられる?」と聞くと「できる」と言うのでまた戻って座らせてふうと一息ついたら椅子から転げ落ちて泣いているという、なんだよもうという感じでやはり帰ろうとしましたが、出口手前で諦めきれず、「ロビーにモニタがありましたがあれで見させて頂くことはできませんか。息子が落ち着きがなくて。私はとても楽しみにしていたのですけど。」とスタッフの方にお願いしたらすぐに見れるように整えて下さいました。感謝感謝。

そんなこんなで途中、見ることができなかった作品もいくつかあったのですが、とりあえず最後まで鑑賞。
印象に残ったのはイサキ・ラクエスタ監督の『DESPEDIDA(FAREWELL)-告別』、山嬰埓せ甸篤弔痢悗爐垢咫戞▲僖謄・スミスのポエトリーリーディング『People Have the Power』、そしてテレビでも見たけれどアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『MONSOON』、ビクトル・エリセ監督の『"Ana,three minutes"』、河瀬直美監督の『HOME』。
それぞれの監督のとらえた「家」の感覚。3.11の出来事を見つめて世界の監督があらためて考えた「家」がそこにはありました。そして直接的ではなくてもやはりあたたかく日本を見つめ応援して下さっている気持ちが伝わるものもありましたし、地震や津波を思い起こさせる作品を撮った方は、そのドラマチックさでいうと実際に起きたことの方が遥かに恐ろしく演技はそれを越えられないけれど、それでもそれぞれの方の中の3.11、その時の恐怖と向き合うためにそのことを作品にされたのだなと思いました。
パティ・スミスのポエトリーリーディングやビクトル・エリセの作品はとてもはっきりしたメッセージをこちらに投げかけている作品ですし、一方『MONSOON』や『告別』、『むすび』などは愛する人、帰るところ、切っても切れないもの、としての「家」をしっかりと見つめた作品です。

ほかの作品も含め本当に面白く私は満足したのですが、年配の方々は会場を出るなり「わからない」「つまらない」と口々に言って帰っていかれました。作品が始まってすぐに帰られた方もいましたし、上映前に挨拶された方も「わからないものもあるかもしれませんが、わからないと思われた方はぜひパンフレットを買ってお読みになって下さい。」とおっしゃっていました。21人の監督がそれぞれの「3.11」「家」について作品を作られているのに何も心に残らなかったのかいなと私はそのことが不思議で仕方がない。何も感じようとせず何も自分から考えようとしない老人には決してなりたくないなと思いながら会場をあとにしました。

『MONSOON』はちょうど息子が暴れ出したのでテレビで見た時のような感動はなかったのですが、スカイプをやっているという設定だったのか。気づかなかった。ささやかなものを愛する人と共有している、その一瞬を永遠に見せる力はやはり見事だなあと思いました。

なんかとっちらかったまま整理できずに書いていますが、私は見終わってやっぱり、21人の監督の思いや姿勢にとても感激したし、この作品に出会えてよかったと思ったのだけど、とにかく老人達の「わからなかった」のつぶやきが羽虫の大群のように襲って来て本当にげんなりする。ビクトル・エリセは記者会見で「私達のホーム=地球。その隅々までメッセージを届かせるため、ダイレクトで全ての人が瞬時に理解してくれるシンプルな表現にしました。」とおっしゃったそうですが、この会場の老人達には届かなかったようです。

でも私は受け取りましたよ。この作品にかかわった全ての方に感謝したいです。やっぱりこういうものが私の力になるのです。
| 映画 |