しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
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『地面と床』を観に
久保さん、皆さん、残暑お見舞い申し上げます。

またずいぶんと、間があいてしまいました。皆様お元気でお過ごしでしょうか。

私は畑仕事に追われている日々ですが、夏休みもそれなりに満喫しました。家族で旅行にも行きました。今日は息子の5歳の誕生日のお祝いもしました。
久保さんはいかがお過ごしでしょうか。雨が続いたり、酷い暑さだった日もあり、天候は落ち着きませんが、お元気でいらっしゃいますか。

そう、こんな風に、久保さんだけでなく、色んな方に、残暑見舞いのお手紙を送ろうと思いながら、なかなかできず、畑で、家で、手は別のことをしながら、心の中でぶつぶつ唱えているだけの毎日です。
「ご家族の皆様お元気ですか。なかなかお会いする機会を作ることができませんが、いつも日記を読ませていただいて身近にいらっしゃるように感じております。」「夏の畑は美しいですよ、いつでも遊びに来てください。」「芽を出したヒョウタンボクを植え替える時期を逃してしまいましたが、それでも元気に数ポット、育っています。」「お引っ越しのお知らせありがとうございました。また舞台でのかっこいいお姿を拝見したいです。」「Fは大きくなりましたよ。今朝は自分の足を見て『あし、ながっ!』とびっくりしていました。」…。
草刈りをしたり、トマトの枝を支柱にくくりつけたり、皿を洗ったり、洗濯物を干したりしながら、ぶつぶつぶつぶつ、ただ心の中で呟いています。
書かなくては。隙間を見つけて、ちゃんと書かなくてはね。

さて、

2013年の9月29日のこと。

この日は、畑のことも気になりましたが時間があまりなかったので、簡単に家事を済ませ、お昼前に京都へ向かいました。チェルフィッチュ『地面と床』を見るために。

開場前からロビーにお客さんがたくさん集まっていて、なんだか熱気のようなものを感じました。
最初の「遠い未来の日本」→「そう遠くない未来の日本」という言葉でずしんときて、そこからどんどん重い物が押し寄せてきました。
色々と自分の中に突き刺さる物があり6場から号泣。我慢しようと思ってもどうにもなりませんでした。
岡田さんの作品を初めて見た時の、岡田さんの作品のあんなところやこんなところやこんなところが面白い、と、感じていた、なんだかキラキラしたもの、それが、もちろん、すべて消え去ってはいないはずなんだけど、この現実の、重い問題がこれほど作品にストレートに入っている、入れなくてはいけないくらいになっている、今の日本の姿、世界のことを思うと、悔しさや、怒りも感じて、こんなことを語らなくたって岡田さんの作品はすごく面白いのに、という、なんでしょうか、今のこの世界に対する、憤りを感じました(もちろん私もこの世界の一員、「今のこの世界」にしてしまった責任は私にもあるでしょう)。
死んでしまった人と生きている人のこと、世の中を捨てた人、助けられなかった人、蔑んでいる、蔑まれていると感じている人たちのこと、なども、色々感じて、号泣。隣で見ていた夫に笑われました。
役者さんたち、皆さん素晴らしかったです。私が『エンジョイ』に出させていただいた頃と、また全然違った、進化した稽古をしてらっしゃるのだろうなと思いましたが、本当に、どういう作業をそれぞれの方がやっていらっしゃるのか、わからないけれど、とにかくすごいなあと思いながら見ていました。

終演後、劇場内の一室に預けていた息子を迎えにいきました。どうやら「歌舞伎ごっこ」で盛り上がっている真っ最中だったらしく、「帰りたくない」と息子は言っていました。
オレンジ、緑、黒のブロックで歌舞伎の幕を作り、その前に置いたイスにレゴの人形を座らせて歌舞伎ごっこをしていたのだと。「最後からやっちゃったんだよ」と息子は言っていました。なんのことやら。化粧もしていたらしく、「よく知ってますね」と、息子の相手をして下さったスタッフさんがおっしゃっていました。

ロビーに戻るとアフタートークが始まっていて、「音楽劇」について、そして「能」や「幽霊」についての話を色々聞くことができました。
そしてそのトークのあとも、岡田さんはたくさんのお客さんと話をされていて、お疲れのようでしたがどうしても感想を伝えたかったので、しつこくロビーに居続けて一番最後に話をすることができました。

体力を全部使い果たした感じで、ぐったりしていたので夕飯は外食で済ませることにしました。あたたかいものが食べたいと思いミックスうどん(天ぷら、肉、わかめが入ってる)を頼みました。
うどんをすすりながら、息子のために私は何を残せるだろうかと、あれこれ考えていたのですが、やはりすぐ思いつくところでは、いつも過ごしている畑の景色なのかなと思いました。

小さな芽が出て、ぐるぐる回転しながらつるが伸びていって、ある日葉っぱのしたをのぞくと大きなキュウリが横たわっている、それを発見した時の嬉しさ、とか。赤く実ったトマトをもいでそのまま口に入れたり、辛いネギの葉をバリバリかじったり、水や泥で遊んだり、畝の上を歩いて怒られたり。
そしてひとりで木陰にいて遊んでいる時間。竹の棒で木の幹をつついてなにやらやっている、なにやら呟いている、あの時間。大声で「あーーちゃーーーーん!」「はーーーい!」と呼び合って、大きく手を振ったり。
やがて西日が射して、その日が山のうしろに隠れて急に空気がひんやりして、とん、とん、と薄暗くなって行く。空には月。急いで片づけないと本当の真っ暗闇に包まれてしまう、でもそのことを思うとなぜだか興奮してしまう、そんな景色。

と、こうして書いていると、息子のためでなく、私のための、私の思い出のようですが…。
息子が大人になって、何か辛いことがあった時に、思い出して支えになる景色だったらいいなと思いました。
(1年近く経った今は、それだけではないなあと思っています。息子の世界はぐっと広がって、畑の景色だけじゃなく、いろいろな人との関わりこそが彼の支えになるのだなあと、日々実感しているので。)

どんな世界を残せるか。そこももちろん、頑張らなければなりません。

何の話だったか…。
そう、重たいものを観て、そしてうどんをすすりながら、あれこれ考えた、という話です。


(2014.8.23 更新)
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