しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
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『ヒバクシャ〜世界の終わりに』
生駒市は10月からゴミ収集の曜日が変わり、分別も始まったのですが(遅いよね…)、どうもうちのアパートの中に未だにそれをわかっていない人がいるらしく、以前のゴミ出しの曜日に出して、しかもネットをかけておらず、それをカラスが喰い散らかしてあたりがとんでもないことになっている…、というのがここひと月以上続いているわけです。
つい先日もポストに「ゴミ収集日が変わりました」と再度チラシを入れて下さった方がいたのに、今日も午後帰って来たら家の周りがゴミだらけになっている!
「まったくもう!」とブツクサ言いながら掃除をしていたら、横で畑仕事をしていたおじさんが「ご褒美だ」と大根を一本引き抜いてきてくれました。ありがたや…。
で、そのいただいた大根を半分、下の階の奥さんに持って行ったら(その家のご主人がいつも掃除して下さっていたようなので)、「ほうれん草いりますか。なんか穫れどきらしくて。」とこれまたいただきもの。ありがたや…。
それにしてもこのゴミ収集日の変更については何度も広報で知らされていたのだし、ついこないだもチラシが入っていたのだし、まったくどういう神経してるのかと。下の階の奥さんと「今度出すとこ見つけたら言う」「私も見つけたら言う」などと話して帰ってきました。

さて、昨日見た映画について、なにから書こうかと考えると、やはり鎌仲ひとみ監督の『ヒバクシャ〜世界の終わりに』でしょうか。

イラク、広島、長崎、ハンフォードの核被害者(ヒバクシャ)達を追うドキュメンタリーでした。

イラクの劣化ウラン弾も、広島、長崎の原爆も、落としたのはアメリカですが、そのアメリカのハンフォード核施設の周辺住民も長い間放射能汚染に苦しんできたこと、しかも政府は実験のために空からヨウ素131を撒いたことさえあるということ、これは本当にショックでした。
ハンフォードの風下で農場を営むトム。彼が車で周辺の街を案内しながら窓から見える家々の住人の病歴を語って行くシーンは本当に恐ろしかった。甲状腺癌、その他の癌、女性は皆流産の経験があり、この家の子は片腕がなく、この家の子は眼球がなかった、この家にも奇形児が生まれたが母親がその子を殺し自らも命を絶った、ここにはよそから移り住んだ人がいたが3年後やはり癌で死んだ、などなど。他の住民も「子どもが突然目と鼻から血を流した。空を見ていただけなのに。」と。
一方、トムの弟は「核のことは気にしない。ここは自由の国だから。」と。でも彼の奥さんも甲状腺癌。そして彼の農場でとれる牧草やジャガイモは日本へ輸出される。
苦しんでいる人がいる一方で、「自分達が世界を養っている」と思っている農夫がいて、核施設で働く人びとも「自分達が国を守っている」と本気で信じている。

日本で被爆者治療をずっと続けてこられた肥田舜太郎先生も登場するのですが、戦後、ABCCが被爆に関する記録だけ集めて治療はまったく行わなかった中、肥田先生がなんとか治療したくて医療情報を求めたら軍に4度も逮捕されたという話もショックでした。

ほかにも、ああ、知らなかった、なんてことだろう、ということはたくさんあったのですが、イラクで生きる人たちの生活を見ていたら、やはり日本人やアメリカ人の生活とは全く違うわけで、その中にある豊かさと、貧しさが、私たちのそれとはずいぶん違うように、核に対する捉え方もまた違うのかもしれないと、見ながら考えていました。そして、私たち家族が神奈川から逃げて来たこと、それは間違いではなかったけれど、逃げたそのあとどう生きるか、本当にしっかりと考えなくてはいけない、どこまでも逃げたくても核の問題は福島だけの話ではない、でもだから諦めようということではもちろんなくて、これ以上核の汚染を拡げてはいけない、そのためにできることをしなければいけない、世界の終わりをただ待ち受けているだけではいけないのだと、強く思いました。

鎌仲監督や、肥田先生など、ずっとずっと核の問題と向き合って来られた方々の、今回の事故後の発言というのは本当に重い(映画は事故前に制作されたものですが)。当事者になって初めて大騒ぎしている私はもっと勉強しなければと思いました。

そして不安がったり怒ったりすることだけじゃなく、生活の中で豊かだと思えること、幸せだと思えることを今まで以上に大切にしたいと思いました。まあこれは、震災以降、大勢の人が思っていることだと思うけど。
映画を見ている間、託児サービスを利用していたのですが、迎えに行ったら息子が見たことないくらい大泣きしていたのです。私の顔を見て怒りながら泣いて、夫が一緒に迎えに来ていないとわかって更に怒りながら泣いて。「ごめんごめん、悪かったよ。みんなで一緒に帰ろうね。」となだめながらも、ああ息子は大きくなったんだなあと、もっと赤ちゃんの時はこういうの平気だったけど、「遅いじゃないか!ボクは寂しかったんだぞ!」とこんなに怒れるようになったのかと、しみじみ我が子の成長が嬉しくて、この今の一瞬が宝なんだなと思いました。

「みんなで帰ろうね」と言っておきながら、私も夫も気持ちが重たくそのまま家には帰れなくて、日が暮れかけた奈良の街をうろうろとドライブしてから、家に戻りました。
で、重い気持ちをひきずったまま、どうしてもDVDを翌朝までに返さなくちゃいけなかった『萌の朱雀』を見たわけですが、その話はまた今度ということで…。
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