しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から、『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんと、皆さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなどをひっそりと書いています。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』もどうぞよろしく。
<< 『3人、』上映終わりました | main | まだまだ落ち着かないと思いますが >>
チリリンの季節

久保さん、皆さん、こんにちは。

まだ暑い日もあるけれど、団地の木々の緑はワントーン薄く、黄色みがかった色合いになってきました。

もうベランダの朝顔は咲かない。さみしい。でもまた来年勝手に生えてきてくれるでしょう。シソも、レモンバームも、藍も、きっとまた来年生えてくれるはず。ほったらかしというわけではなく、少しずつ世話の仕方がわかってきたのです。バラも、サルビア・ガラニチカも、長く花を咲かせてくれるようになり、嬉しいです。

 

この間、一年ぶりに「チリリン」というあの音を聞きました。鷹匠さんです。通りかかったおばあさんは「あ、たかおやさんや」と言っていましたが、そんな呼び方もあるのでしょうか? 団地の一角に、夕方になるとスズメが数百羽集まってビチュビチュ大騒ぎするので、それを追い払うために来てくれているのです。あの鳥たちの集会、面白いなと思って見ていましたが、近いところにあるお家はやはり、洗濯物に糞がつきそうで、そうでなくてもあれだけの糞が目と鼻の先にあれば匂うでしょうし、確かに気の毒ではあります。それで、追い払われたスズメたちはその時は右往左往するわけですが、そう簡単に集会場所を変えるわけにもいかないみたいで、また次の日も同じ場所にやってくるんですね。彼らの意思統一はどうやって行われるのだろうかと不思議に思います。リーダーはいないみたいで、なんとなく空気を読みながらみんなで動くんです。昼間はみんな色んなところに散らばってるのだから、「あそこの林にも良さそうな木があるよ」とか、たくさんいい意見が出そうなんだけど、そう簡単には引っ越さない。あれだけビチュビチュ言ってるのに、あれは何についてしゃべってるんだろうなと思います。

それはそうと、鷹匠さんにまた会えるのはなんだか嬉しい。あの「チリリン」が聞けると「今日はいい日だ」となぜか思ってしまいます。スズメたちが良い集会場所を見つけられるといいのだけど。

 

勤め先の学校では、体育大会に向けて、冷感タオルはオーケーか否か、保冷剤の大きさはどこまでオーケーか、といった話が出て、また私は開いた口がふさがらなくなってしまったわけですが、こういう時、席が近くの事務さんや養護の先生とは意見が合うので、それはとても救いで、なんとかそこからじわじわと状況を変えていけないだろうかと思案中です。

先生たちおひとりおひとりは、生徒のことをとても大切に思いながら仕事をしていらっしゃる、それは本当にそうなんです。それなのになぜこんな袋小路に迷い込んでしまわれるのでしょう。

まあでも、図書室は賑わっていて、それはなにより。みんなサボりにおいでよ、部活だけじゃなくて、色んなことから逃げておいでよ、と思います。最近大きなクマちゃんをいただいたのですが、その子が人気で、抱きつかれたり胴上げされたり殴られたりしています。男子は「どこまでやればあのおばちゃんは怒るのか」と私の顔色を伺いながらクマちゃんをいじめている感あり。でもある日、「嫌なことされたら『やめて』って言わなあかん」と私が真剣にクマちゃんに話していたらさーっと引いていきました。

 

こんなことって、こういう日本の中学校のあれこれって、あるところから見たらとっても幼稚なんだろうなあと思うのは、最近『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という本を読んだからです。イギリスの中学校事情がよーくわかる本。そしてブレイディみかこさんと息子さんとのやりとりの中から「人と人との関係の中で何を大切にしたら良い?」というのが見えてくる本。

どのエピソードも印象深いけれど…。貧しい家庭の友達に制服をあげる時、どうする?という話とか、『タンタンタンゴはパパふたり』に幼児が大喜びする話とか、学校で女性器切除の授業をしたあとの、アフリカ系移民のお母さんの話とか、いろいろ…。とにかく、すごく面白いからたくさんの人に読んでほしい。でも日本の中学生にはちょっと難しいかも。わからないことは大人に聞きながら、あるいは自分で調べながら読んで欲しいけど、そこまでして読む生徒はいるかな、どうかな、でも大人にはぜひ読んでもらいたいな。これから日本がどうなるのかも考えながら読むべき本だと思いました。

 

ほかにも、『1R1分34秒』とか、『ひと』とか、『MARCH』とか、最近「読んで満足」な本が続いています。

 

舞台は昨日チェルフィッチュの『消しゴム山』を見たのですが、これは感想を書くのは大変難しいなあ。宣伝美術を見て「子どもも楽しめるかも」と勝手に勘違いをして息子を連れて行ったんだけど、想像していた感じとは違いました。人間じゃないものに向けての演劇、ということでしたが、だとしたら、だとしても、何を見せるの?それを見せるの?と、謎、謎、謎。見終わってから夫とずーっと「あれはなんだったのか」と話していて、そういう時間はそれはそれで価値のあることだと思うのですが、簡単に「観て満足」と言える演劇ではなかったです。金沢の『消しゴム森』も観にいけたら、また「ああ、こういうことなのか」と感じるものがあるかもしれないけど、それは、多分叶わない。両方行ける人ってどのくらいいるんだろう。うーむ。

息子の学校では会議をする時、はじめと終わりにみんなで詩を唱えるんだけど、そこに「霊なくして物質はなく、物質なくして霊はない」というような一節があって、観劇しながらそれを思い出しもしたのですが、舞台上で起きていることは、それを唱える時に思う「ちょっと謙虚でいなきゃね」という心持ちともまた違っていて、うーむ、ほんとに、これはなんだろう、という作品でした。

終演後のトークで、「チェルフィッチュ」名義でやるものと、それ以外とをどう分けてますかという質問に対し、「チェルフィッチュはラボラトリー」と岡田さんがこたえていらして、そうか、そうなると、今後「チェルフィッチュ」としてやるものは、ちょっと覚悟して見に行かないといけないなという気持ちになりました。『プラータナー』がはっきりと人間に向けた演劇で、ものすごく良かっただけに。

まだまだ考えます。

 

その後タンタンショップへ行って、タンタンのTシャツを買い、息子は今日そのシャツを着て学校へ行きました。「似合う?」と私に聞いてきたから、かなり嬉しいんだと思います。

さあ動き出そう。

 

皆さまも良い一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
モバイル
qrcode
PROFILE