しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
『部屋に流れる時間の旅』
久保さん、皆さん、こんにちは。

昨日、今日と、また冬に戻ったかのような寒さです。皆さまお元気ですか。

先週もお芝居を見ましたが、今週、21日も、チェルフィッチュの『部屋に流れる時間の旅』を、京都で見てきました。
まだこれからご覧になる方がたくさんいらっしゃると思いますので、あまり、感想を書かない方がいいのかもしれないですけども…。
今年の3月11日に、「震災のあと、これから日本はもっといい国になるだろう、と思っていたけど、まだその気配はあまり感じられない」というようなことを、ここに書きましたけれども、そういう気持ちは、きっとたくさんの人が抱いていて、でも、その残念な気持ちを今、持てるということだけでも、ほんの少しは、震災をきっかけに私たちは生まれ変われたんじゃないかと、そうでも思わなければやっていけない、そのくらい残念な気持ちの中で、なんとか希望をつないで生きていかなければいけない、と、そんな気持ちをまたあらためて思い起こさせる、静かな、美しい演劇でした。
役者さん3人とも素晴らしく、いったいどんなことをしているのだろう(演技中に)と思いながら見ていましたが、アフタートーク(岡田さんと映画監督の濱口竜介さん)で演技についての話が聞けて、なるほどと思うことがいくつかありました。
でも、そういう演技そのもののこととか、久門剛志さんの舞台美術との関係の話とか、新しい試みがあり、その手法があってこの美しい舞台が成立するわけですけど、まずは岡田さんが描く物語の世界がとても好きだな、と、私は毎回思います。気持ちが良い、というわけじゃないのです。悲しみも襲ってくるけれど、何度も、また思い出すと思います。

話は変わって。
アフタートークで聞いた、演技についての岡田さんの言葉は、私が今勉強中のストーリーテリングに、生かせるだろうか、どうだろうか、無理やり生かしてみようか、と、考えながら、そのあとの数日間自分なりに試してみて、今日は勉強会で『かたやきパン』という、イギリスの昔話を、おはなしの会の皆さんに聞いてもらい、その後、講評もしてもらいました。
おはなしは、ずっとひとりきりの稽古なので、あれこれ試行錯誤しても行き詰ったり、不安だったりするわけですが、こうやって聞いてもらって感想もいただけると、「ああそうか」と新しい発見もあり、聞く人によって受け取り方が色々違うのだ、100人いれば100人全員に同じものが届くわけではないのだ、ということがよくわかって、鍛えられます。
まだ勉強をはじめたばかりなので、悩みすぎずに、とにかく練習しては聞いてもらい、練習しては聞いてもらい、と、やっていくしかありません。舞台でやっていたことが、生きる時もあるでしょうし、いったん捨てないといけないな、と思う時も、あるでしょう。まあ、とにかくやっていこう。
次はどんなおはなしを覚えようかな。ひとり稽古は寂しいですが、私が毎日やっていると息子が自然に覚えますから、『かたやきパン』も、息子が語ってくれることもあって、そうすると、そのおはなしのどんなところが面白いのかが、あらためてわかって、ありがたい。これからも、息子が嫌がらない程度に、聞いてもらったり、語ってもらったりしようと思います。

息子は6歳臼歯というのが生えました。今まであった奥歯の奥に、新しい歯が。最初に出てくる大人の歯、永久歯です。まず前歯が抜けて、そこに初めての大人の歯が生えてくるのかと思っていたら、違うのですね。こんなの、自分の時のことはすっかり忘れていますね。
赤ちゃんで、最初に歯が生えてきた時も嬉しかったですが、大人の歯が生えてきた、というのも、親としては本当に嬉しく、しかも一年生になる直前の、この時期ですしね、お、いよいよだね、って感じです。息子もとっても嬉しそうにしています。

最近は長新太さんの『世界のあいさつ』という本を読んでいます。日本ではおじぎをするけれど、よその国では、相手の匂いを嗅いだり、おいおい泣いたり、相手の手の甲を自分の額にくっつけたり、ワッハッハと笑ったり、と、不思議な挨拶があるようです。息子と一緒に真似して楽しんでいます。お気に入りは、相手の顔を見ないようにして、パン、パン、と手を叩く、タンザニアのトングェ族の人たちの挨拶。あまり真似したくないのは、相手の手につばを吐き掛ける、東アフリカ、キクユ族の人たちの挨拶。息子が私にやってきたので、思わず「こらー」と言ってしまいました。私もやり返せばよかったわ。

皆さまよい夕刻をお過ごし下さい。
 
| 演劇 |
『子どもたちは未来のように笑う』(少し加筆修正しました)
久保さん、皆さん、こんにちは。

午前中は快晴でしたが、どんより、ぶあつい雲がかかってきました。予報通りです。

14日(月)、こまばアゴラ劇場で遊園地再生事業団+こまばアゴラ劇場『子どもたちは未来のように笑う』を見てきました。
見る前から、このタイトルについて、いろいろ考えてて、今、子供を産む、ということについて、と言われても、産むか、産まないか、なんて、自分の意思でそうそう決められるものではなく、たまたまそういうことになるか、ならないか、ってことだからなあと、身構えていましたが、作品にも、ちゃんと、「どうにもならない感じ」「思い通りにはいかない感じ」がたくさん盛り込まれていたので、ああ、ほっとした、というのが見終わってすぐの感想でした。
俳優さんたちが、妊娠、出産に関する様々な本を読んでいく場面は、それぞれのテキストがとても面白かったのですけど、女の胎児の卵巣の中にすでに卵のもとがあり…、という話で「マトリョーシカ?」というセリフが出てきたのが私にとってはとても新鮮で面白かったです。
あと男女で体操というかストレッチというのか、そういうのをやるシーンがあって、でもそこから何かに発展する感じでもない、という、その場面がとても印象に残っています。体操していた牛尾さんに「あの場面は…」と訊いたら「私の場面はブレイクタイムなので」と小さくおっしゃってましたけど、確かに、見ているこちらの脳の緊張をぐぐっとのばしてほぐしてくれていたのかも。あの場面大好きです。
妊娠、出産がテーマでしたが、出てきた子供をどう迎えるか、自分の家に子供がいても、いなくても、社会には子供がいるわけなので、子供、そのものの、どうにもならない感じも、9月の本公演では、見せていただけると、いいなあ。

作品を見る前も、見たあとも、考えるのは、ものすごく子供が欲しいと思ったり、逆に、産むのはやめておこうと思ったり、産んだ子を虐待死させてしまったり、公園や保育園の子供の声がうるさいと思ったり、そういうのは、子供がやっぱり、自分のまわりに、日常的には、少ないのだろうなあと。「よその子」と接する機会があんまりないのですよね。私もかつてそうだったので、子供が生まれて「そうか子供ってこんなものなんだ」とびっくりすることがたくさんあって、子供がいて迷惑がられているだろうなと感じて遠慮したりとか、でもすみませんがしょうがないのよ泣くのよと開き直ったりとか、いろいろあってここまで来て。
何が言いたいかというと…。
我が家はマンション暮らしなのですが、ちょっと事情があって、独身女性がたくさん住んでいるマンションに住んでいるのです。とっても綺麗な身なりをしているけど、「こんにちは」と挨拶しても黙って会釈しか返してくれないような女性がたくさん住んでいらっしゃいます。でもこういうところでも、こういうところだからこそ、「子供がいる日常の音」というのを、遠慮なく出していこうじゃないか、と最近は考えているのです。もちろん、どしん!ばたん!とかはさせないし、大きすぎる声は注意しますよ。でも「子供がいるってこんな感じ」が、いっぱい身近にあれば、「ものすごく羨ましい」も、「ものすごく迷惑」も、やわらぐんじゃないかな、どうかな。

今の、この日本で、放射能が撒き散らされたこの日本で、子供を産むかどうか、という問題は、また別の話になりますが、まだ5年で、はっきり表に出てこないことはたくさんあるし、やっぱり、産む、産まないって自分で決める力よりも、たまたまそうなる(子供を授かる人生になる)、たまたまそうはならない、という力の方が、まだ今は、大きく働いているんじゃないかなあと思います。
でも、特に線量の高い地域に残らざるを得ない状態でいる若い女性たちは、自分は将来健康な子どもを産めるだろうか、という不安が、切実なこととして、胸の中にあるのではないでしょうか。口には出せない苦悩があるのではないでしょうか。

最後の場面だけちょっとひっかかっています。
生まれてくる子供が障害のある子かもしれない、と、女性がバーで自分のお母さんとお姉さんに話をしていて、お姉さんは「生んだほうがいい」と言い、お母さんはただオロオロし、本人は多分、パートナーと相談して堕ろすことに決めたような感じを醸し出しているところに、「堕ろせ」と店のウェイトレスが言うのです。必死に働いて奨学金を還しているという設定なんだけど、でも、今、社会の中で心なく、「障害者は迷惑」「堕ろせ」という言葉を発しているのは、彼女のような人ではないんじゃないかな、もっと違う人が言ってるんじゃないかなと、思いました。しかも、悪意なく、むしろ善意で、言っている人もいますよね。

アフタートークでは、宮沢さんが女優さんふたりに「子供を産むことについてどう考えているか」と尋ねていて、うわあ、宮沢さん怖いこと訊くなあ、鬼のようだなあと思ったのですけど、正直なところをおふたりとも、とても話しづらいことまで話されていて、聞かせてもらった私は、その話について自分の中できちんと考えていこうと思いました。

終演後は長々と楽屋にお邪魔してしまい、皆さんお疲れだったのに失礼なことをしたと反省しております。大好きな人たちに会えて嬉しかった。
9月の本公演をとっても楽しみにしています。

お芝居を見た翌日は、昔々通っていた横浜国立大学に行ってきました。必要な書類をコピーさせてもらいに。
キャンパス内の木々がものすごく大きく成長していて、20年の歳月を物語っていました。とても大切に木々が管理されている印象を受けました。20年の間に、大学の中に保育園ができ、コンビニもでき、バス停もでき、私の在籍していた「工学部」は「理工学部」になっていました。いつの間に!
ものの30分ほどで失礼して、夫と息子と待ち合わせをして奈良に帰ってきました。

畑は、すっかり春です。今はつくしとふきのとうが出ています。たんぽぽも咲いています。イチゴの花も咲いています。ベランダのブルーベリーも咲き出しました。ウグイスが鳴いています。メジロが杏子の花をつついて、サギがゆうゆうと翼を広げて飛んでいます。
今夜は天ぷらにするので、いつもより早く息子を迎えに行ってきます。天ぷら、手伝ってくれるんですって。
雨が降らないうちに行ってきます。

皆さまもどうぞよい夕餉を。
 
| 演劇 |
『地面と床』を観に
久保さん、皆さん、残暑お見舞い申し上げます。

またずいぶんと、間があいてしまいました。皆様お元気でお過ごしでしょうか。

私は畑仕事に追われている日々ですが、夏休みもそれなりに満喫しました。家族で旅行にも行きました。今日は息子の5歳の誕生日のお祝いもしました。
久保さんはいかがお過ごしでしょうか。雨が続いたり、酷い暑さだった日もあり、天候は落ち着きませんが、お元気でいらっしゃいますか。

そう、こんな風に、久保さんだけでなく、色んな方に、残暑見舞いのお手紙を送ろうと思いながら、なかなかできず、畑で、家で、手は別のことをしながら、心の中でぶつぶつ唱えているだけの毎日です。
「ご家族の皆様お元気ですか。なかなかお会いする機会を作ることができませんが、いつも日記を読ませていただいて身近にいらっしゃるように感じております。」「夏の畑は美しいですよ、いつでも遊びに来てください。」「芽を出したヒョウタンボクを植え替える時期を逃してしまいましたが、それでも元気に数ポット、育っています。」「お引っ越しのお知らせありがとうございました。また舞台でのかっこいいお姿を拝見したいです。」「Fは大きくなりましたよ。今朝は自分の足を見て『あし、ながっ!』とびっくりしていました。」…。
草刈りをしたり、トマトの枝を支柱にくくりつけたり、皿を洗ったり、洗濯物を干したりしながら、ぶつぶつぶつぶつ、ただ心の中で呟いています。
書かなくては。隙間を見つけて、ちゃんと書かなくてはね。

さて、

2013年の9月29日のこと。

この日は、畑のことも気になりましたが時間があまりなかったので、簡単に家事を済ませ、お昼前に京都へ向かいました。チェルフィッチュ『地面と床』を見るために。

開場前からロビーにお客さんがたくさん集まっていて、なんだか熱気のようなものを感じました。
最初の「遠い未来の日本」→「そう遠くない未来の日本」という言葉でずしんときて、そこからどんどん重い物が押し寄せてきました。
色々と自分の中に突き刺さる物があり6場から号泣。我慢しようと思ってもどうにもなりませんでした。
岡田さんの作品を初めて見た時の、岡田さんの作品のあんなところやこんなところやこんなところが面白い、と、感じていた、なんだかキラキラしたもの、それが、もちろん、すべて消え去ってはいないはずなんだけど、この現実の、重い問題がこれほど作品にストレートに入っている、入れなくてはいけないくらいになっている、今の日本の姿、世界のことを思うと、悔しさや、怒りも感じて、こんなことを語らなくたって岡田さんの作品はすごく面白いのに、という、なんでしょうか、今のこの世界に対する、憤りを感じました(もちろん私もこの世界の一員、「今のこの世界」にしてしまった責任は私にもあるでしょう)。
死んでしまった人と生きている人のこと、世の中を捨てた人、助けられなかった人、蔑んでいる、蔑まれていると感じている人たちのこと、なども、色々感じて、号泣。隣で見ていた夫に笑われました。
役者さんたち、皆さん素晴らしかったです。私が『エンジョイ』に出させていただいた頃と、また全然違った、進化した稽古をしてらっしゃるのだろうなと思いましたが、本当に、どういう作業をそれぞれの方がやっていらっしゃるのか、わからないけれど、とにかくすごいなあと思いながら見ていました。

終演後、劇場内の一室に預けていた息子を迎えにいきました。どうやら「歌舞伎ごっこ」で盛り上がっている真っ最中だったらしく、「帰りたくない」と息子は言っていました。
オレンジ、緑、黒のブロックで歌舞伎の幕を作り、その前に置いたイスにレゴの人形を座らせて歌舞伎ごっこをしていたのだと。「最後からやっちゃったんだよ」と息子は言っていました。なんのことやら。化粧もしていたらしく、「よく知ってますね」と、息子の相手をして下さったスタッフさんがおっしゃっていました。

ロビーに戻るとアフタートークが始まっていて、「音楽劇」について、そして「能」や「幽霊」についての話を色々聞くことができました。
そしてそのトークのあとも、岡田さんはたくさんのお客さんと話をされていて、お疲れのようでしたがどうしても感想を伝えたかったので、しつこくロビーに居続けて一番最後に話をすることができました。

体力を全部使い果たした感じで、ぐったりしていたので夕飯は外食で済ませることにしました。あたたかいものが食べたいと思いミックスうどん(天ぷら、肉、わかめが入ってる)を頼みました。
うどんをすすりながら、息子のために私は何を残せるだろうかと、あれこれ考えていたのですが、やはりすぐ思いつくところでは、いつも過ごしている畑の景色なのかなと思いました。

小さな芽が出て、ぐるぐる回転しながらつるが伸びていって、ある日葉っぱのしたをのぞくと大きなキュウリが横たわっている、それを発見した時の嬉しさ、とか。赤く実ったトマトをもいでそのまま口に入れたり、辛いネギの葉をバリバリかじったり、水や泥で遊んだり、畝の上を歩いて怒られたり。
そしてひとりで木陰にいて遊んでいる時間。竹の棒で木の幹をつついてなにやらやっている、なにやら呟いている、あの時間。大声で「あーーちゃーーーーん!」「はーーーい!」と呼び合って、大きく手を振ったり。
やがて西日が射して、その日が山のうしろに隠れて急に空気がひんやりして、とん、とん、と薄暗くなって行く。空には月。急いで片づけないと本当の真っ暗闇に包まれてしまう、でもそのことを思うとなぜだか興奮してしまう、そんな景色。

と、こうして書いていると、息子のためでなく、私のための、私の思い出のようですが…。
息子が大人になって、何か辛いことがあった時に、思い出して支えになる景色だったらいいなと思いました。
(1年近く経った今は、それだけではないなあと思っています。息子の世界はぐっと広がって、畑の景色だけじゃなく、いろいろな人との関わりこそが彼の支えになるのだなあと、日々実感しているので。)

どんな世界を残せるか。そこももちろん、頑張らなければなりません。

何の話だったか…。
そう、重たいものを観て、そしてうどんをすすりながら、あれこれ考えた、という話です。


(2014.8.23 更新)
| 演劇 |
東京へ
この日の朝はバタバタと仕度をして大阪の実家へ向かいました。
そして息子を預けて私と夫は新大阪へ向かい、新幹線に乗りました。

快晴でしたが乗れた席が南側で、富士山は見えませんでした。
お昼はあうるすぽっと、夜はワタリウム。新幹線の中で、品川から東池袋、東池袋から外苑前、外苑前から品川、と、乗り換え案内を調べていると、もうややこしくて頭が着いていかず、「またあとで調べよう」という気持ちになってきます。

まずは遊園地再生事業団『夏の終わりの妹』を観るために、東池袋のあうるすぽっとへ向かいました。
間違えてエレベーターで上の階まで行ってしまったら、そこは図書館で「祝!オリ…」と張り紙がしてありました。
2階の劇場へ着くと知り合いの顔が見えて、久しぶりに話ができてほっとしました。東京の街はちょっと苦手で、いつも緊張するけれど、行けばたくさんの友人に会えます。

『夏の終わりの妹』は、私があまりものを知らないせいかもしれないけど、見終わったあとになんだか統一感のようなものを感じ、舞台美術とともに「すっきりしているなあ」という印象を受けました。でも暗い、気持ち悪いものも、隙間からにじみ出ていて。
途中、俳優さんたち痛いだろうなあと思うシーンがあって、それを見ていたら「ああ、これは波なんだな」と思い、それ以降、前後に動く役者さんたちの動きが、すべて寄せては返す波に見えてきました。
大島渚の『夏の妹』はテレビでたまたまやっていたのを見たことがあって、やっぱり「これはなんだろう、でもよかった、あのかわいい人をもう一度見てみたい」と思いながら、それ以来見る機会を持てていません。
今回の芝居については私は小説も読んでおらず(夫は読んだようだけど)、できるだけ前情報を入れないようにして見たので、またゆっくり、「あれはなんだったんだろう」と考えたいと思いました。

皆さんに挨拶をして別れ、外苑前に移動し、ワタリウム美術館へ行きました。寺山修司展『ノック』の中のイベントで、若松武史さんがリーディングをされる、ということだったので。

美術館の中は人がぎゅうぎゅうで展示はまったく見ることができませんでした。でも早めに外階段に並んだら、朗読会ではなんと一番前の席に座る事ができました。若松さんのイスまで1メートル半、といったところ。

若松さんはにこやかに登場され、ひとりでラジカセを操作しながら『毛皮のマリー』を全部朗読されました(途中、ほんの少し休憩を入れながら)。
実はそれまで寺山修司という人にあまり興味を持たなかったので(なんだか怖くて)不勉強なのだけど、若松さんを通して今回ぐっと近くに感じられ、体全体でおもしろさを感じることができたなあと思いました。「天井桟敷」で上演された時の空気感など、色々と想像することができました。

終了後、若松さんに挨拶をして外苑前をあとにし、渋谷で夫と別れ、品川から新幹線に乗って大阪へ帰ってきました。思いのほか混んでいて名古屋まで座れませんでした。

息子はこの日じいちゃんと2回も公園に行ったり、じいちゃんに抱えてもらって鳥になってバタバタとはばたいたりして楽しく遊んでいたそうです。そして6時半ごろから寝てしまっているとのことでした。
私が実家に到着した頃ちょうど起きてきたので、一緒に夕飯を食べました。
「あーちゃんとパパまたどっかに行っていいよ、Fはおじいちゃんとおばあちゃんとお留守番してるから」と言われてしまいました。

(2014.6.18 更新)
| 演劇 |
『西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』
朝からチーズみそ蒸しパン、よもぎみそ蒸しパン、ゴボウの葉と豆腐の炒り煮、ゴボウと人参のきんぴら、を作り、他にも細々と食べ物をつめて、実家へ向かいました。両親に息子をあずけて夫とふたり、シティボーイズミックスPRESENTS『西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』を観に行くためです。

実家に到着してひと息つくと息子に、「あーちゃんとパパ早く行っちゃってよ」と言われ、はいはい、と、電車に乗って梅田に向かいました。

ひとつひとつの場面を見ながら、ああ、生活の中で感じるあの違和感が、こんな風に形を変えて笑いになってしまうのか、すごいなあと思い、とても新鮮で、面白かったです。
途中、何度も現れる、「そういえば薬を買ったんださっき薬局で」というような台詞があるのですけど、その台詞を境に少し時間が巻き戻されてまた別のところにいくのを見ていると、震災後に多くの人が何度も考えたであろう「あの日がなかったら今頃どうしていただろう」という、そういう時間の裂け目、落とし穴なのか、ただの分かれ道なのか、わからないけどそういうギザギザしたものを見ている感じがして、面白いけれど重い、不穏な空気がただよって、そこに男声の低いハミングの曲がかぶさるのが、とてもよかったです。
そしてそんな中、ところどころで春風のようにふわりと笠木泉さんが登場する、その感じもとてもよかった。

ただただからっと笑いたい場面もたくさんありました。ミッフィーが殴られるのとかはもうなんの理屈も抜きにただただ面白いんです。みんなで歌うのとか。大きな大きな表彰状とか。

と、ここまで書いたら、色んな場面が頭の中に蘇ってきて、動けなくなってしまい、このままでは夕飯を作れないので今日はこの辺にしておきます。今晩(今日は5月25日です)WOWOWで放送されるのですよね。我が家は見れないのですが…。
| 演劇 |
『手なしむすめ』
この日は夫の職場の演劇発表会を観に行きました。HANAPLAY『手なしむすめ』です。夫は障害者施設の職員として働いてまして、この作品ではその施設の利用者さんが出演者、夫は演出家ではないのですが制作過程で色々手伝っていたようで、感想を聞きたいとのことでしたので息子とふたりで観に行きました。

お芝居を観ること自体がとても久しぶりでしたが、かなり面白かったです。夫は作っている立場にいるので色々気になる点があったようですが、私はすごく楽しめました。
出演者の方達はほとんどが車椅子に乗ってらして(そうでない方もいらっしゃいましたが)体の自由がきかず、発話もうまくできない方達なのですが、その場その場でちゃんと生きていらっしゃる、そういう役者さん同士で作る舞台の空気がしっかりとそこに立ち上がっていて、しっかり稽古されてきたのだなあというのがよくわかりました。
『手なしむすめ』というのは昔話で、美しい娘に継母が嫉妬して色々とひどいことをする話だそうです。開演前にパンフレットであらすじを読んでいたので、台詞が聞き取れない部分があっても「多分今は娘の腕を切ってるんだな」なんてことがわかるわけですが、読んでいなければわからなかったかもしれません。でもそれはそれで、能を見てる時と同じような感覚で面白かったです。おおまかな話は事前に知っておいて、あとは目の前に現れるものを楽しめばいい、という。いちいち全部の台詞について何を言ってるかわからなくてもいいのです。ただあまりわからなさすぎるともったいない(発話が不得意な役者さんの印象が薄くなってしまう)感じがするので、そういう時は相手役の方が聞き返したり言い直したりするような台詞にしてどういう登場人物なのかぐらいはわかるといいなあと思いました。あと細かいことで気になったことは、眠り薬を飲ませるシーンでコップが空だったことかな。夫によると「水をこぼさずに運ぶのが困難」ということでしたが、多少こぼれてもいいから水が入っててほしかったな。まあでもどれくらい困難なのか私にはわからないのでなんとも言えませんね。
でもそんな細かいことはあってもとにかく面白かったのです。衣装も素晴らしかったなあ。それぞれの方にとても似合っていたし、ああ、舞台の衣装というのはこういう風に世界をふくらませることができるんだなあすごいなあと思いました。そうだ、そうそう、それが素晴らしかっただけにプラスチックの空のコップが気になっちゃったのでした。

この日のお客さんは私のようなスタッフの家族、あと出演者の方の家族、施設の利用者さん、スタッフさんなどなどでたいへん和やかな雰囲気の会場でしたがもっと色んな場所で上演されたらいいのになと思いました。なかなかこういう演劇は見る機会がない、というか作れる環境が少ないと思うので。障害者だからおもしろい、というわけではなくて障害者でも面白くないものはきっと面白くないと思うのですが、この作品はとても面白かったし、ここでしか作れないものだなあと感じました。

息子は以前お祭りで夫の職場に行った時に、白塗りのチンドン屋の人たちがいて非常に怖かったらしく、この日は「きょうは白いひとはいないよ、かわいいひとだけだよ」と自分に言い聞かせていましたが、到着すると大勢の車椅子の方達に「かわいいなあ〜」と注目されてやはり少し怯えていました。でも開演するとかなり興味深く見入っていて少しも騒がず1時間強の作品を最後まで見ることができました。

そのあとはバスと電車で「おもしろかったねえ」「パパいそがしそうだったねえ」などと話しながら帰ってきました。色んな会話ができるようになったのでなんだか友達と一緒にお芝居を観に行ったみたいだなあと思いました。

夜は帰ってきた夫に感想を述べて、夫からは「あの人はフリーターの役で『しごとがない』って言ってたんだよ」とか「あの人は新聞記者の役だったんだよ」とか「うわさ話をしてたんだよ」とか色々教えてもらい、そう聞くとやっぱり「そうかあ、わかればもっと面白かったんじゃないかなあ」なんて思ったのですが、まあわからなくても大変面白かったです。いい作品を観ました。
| 演劇 |
『トータル・リビング1986-2011』つづき
『トータル・リビング1986-2011』の感想を書こうと思いながら、ばたばたと時間がなくて文章がまとまらない…。

昨日のは携帯から書いたのでどこへ向かって書いているのかよくわかりませんね。

1986年については実は自分にはほとんど記憶がないのです。テレビもあまり見ていなかったので、自殺したアイドルについても、亡くなってから名前を知ったくらいで、その当時の空気というのはまったく記憶がない。
でも劇中での、1986年のある日の屋上の様子を見ていると、そこから繋がっている今現在、というのがよくわかって、滑稽で、悲しかった。いっぱい笑ったけれど。
ニュータウンで共演した時田光洋さんの魅力が満載だったなあ。終演後あまりお話しできなくて残念でした。

『トーキョー・ボディ』では「死ぬな」という台詞があり死はとても重いものでしたが、今回はバッタバッタと人が倒れて行き、飛び降りることができる場所があり、何人も飛び降りたり落とされたり間違って落ちちゃったりしてるのを目の前で見てるのが非常に怖かった。でもあとで這い上がってくる人もいて、救われました。

終演後のトークで岡室美奈子さんが「1995年じゃなく1986年をもってくるということは、宮沢さんにとっては震災ではなく原発事故なんですね」とおっしゃっているのを聞いて、本当に3月11日以降の、それぞれの人の中で抱えるものが大きく違い、そのことでやっぱりみんなねじれたまま他人と接しなくてはいけないような、なんとも言えない気持ちをまたずきずきと感じました。しょうがないんだけども。雑誌「悲劇喜劇」に載っている岡田利規さんの『家電のように解り合えない』とか、高橋源一郎さんの小説ラジオ『分断線』を読んで、じゃあ自分はどうしましょうかと、どうやってこの日常をしっかりやっていこうかと、また考える。考え考える日々。

『トータル・リビング1986-2011』は24日まで。まだご覧になってない方はぜひ西巣鴨へ。どの方にとっても、3月11日以降の日々にひとつ大きな碑を立ててくれる、そんな作品だと思います。上滑りな言葉じゃない真の希望を探してここからまた再出発することができます。

もっといろいろ書きたいけれど、今日はここまで。いつも中途半端だなあ。
| 演劇 |
「トータル・リビング1986-2011」
遊園地再生事業団「トータル・リビング1986-2011」を見に行きました。

ものすごく正直な宮沢さんの姿を拝見した気がしました。今まで宮沢さんが嘘をつかれていたとは思いませんが、今の、私たちにとっての世界をどんと、真っ直ぐに、力強く見せつけられ、3月11日以降の自分達家族のこと、ほかのそれぞれの人たちの生活のことを思い、途中何度か、休憩時間も含めて、泣きそうになりながら見ていました。

久しぶりの東京は以前と全く変わらない様子。でもやっぱり変わったんだよね。同じように見えるけど、1回転2回転して元通りの姿を見せようとしているだけで、お腹のところはねじれている。東京だけでなく、どこにいる人にとっても、3月11日以降、そんな風に私たちの日常は変わってしまったんじゃないかと、見ながら思いました。

つづく。
| 演劇 |
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