しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
中学校で働くということ

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

今日中にレポートを完成させなくてはなりません。頑張ります。

調べ物をしながら書き進めていくうちに、最初はお手上げ状態だったものが、少しずつ整理されて形になってゆく。面白いものです。

 

昨日は息子の学校の「年例祭」というものを見に行って来ました。公立の学校でやっている「学習発表会」のようなものです。事前にあるお母さんから「完成形を見せる、っていう感じではないよ」と聞いており、親受けするように頑張らされている子ども達を見るのが嫌いな私としては、それくらいの姿の方が嬉しい、という気持ちでしたが、学年が上がってくると、きっと子ども達自身がこの日のために「良いもの見せよう」と頑張るのですね、素晴らしいパフォーマンスや展示をたくさん見せてもらいました。

そう、息子の学年(ただいま2年生)だけ見せてもらえるのではなくて、1年生から12年生まで、子ども達全員の発表を見せてもらえるのです。1年生は先生に手を引かれて舞台上で輪になり、いつも学校でやっているリズム遊びを見せてくれました。2年生は事前に先生から「なんと一列に並びます!」と知らされていたとおり、みんなで一列に並んで、自分で編んだ笛袋から笛を出し、笛の演奏と歌を披露してくれました。そして他の学年の子ども達は、劇やコーラス、オーケストラの演奏などを見せてくれましたが(あと書道と美術の展示も)、私にとってとても大きな収穫だったのは、「オイリュトミー」というものに対する理解を深めたことと、各学年を見せてもらえて子ども達がどんな風に成長していくのかがよくわかったことです。

オイリュトミーというものに関しては何も知識がないまま息子をこの学校に編入させ、息子から授業の様子を聞いてもさっぱりわからない状態が続いていましたが、今回4年生から12年生までのオイリュトミーの発表があり、基本的な動きから「作品」と呼べる素晴らしいものまでを見せてもらって初めて、何を目的として教育の中にこのオイリュトミーというものが入っているのかわかった気がしました。

とはいえ一般にはあまり知られていないこれは初めて見るとちょっと風変わりなんですね。それが子ども達自身にも徐々にわかってくるのか、7年生のオイリュトミーは恥ずかしそうにしている子もいて「ザ・思春期」な姿がはっきりと見てとれるわけです。姿勢がちょっと前かがみで、お客さんの方をあまり見たくない、逃げたいよー、という感じ。もちろんそうではない子もいますが全体としてそんな雰囲気が漂うわけです。それが12年生にもなると、「僕たちのおそらく人生最後となるオイリュトミー」と言って会場を沸かせることができるほど客観的になり、クラスのみんなと呼吸を合わせて堂々とした素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるのですからすごいものだなと思いました。

 

12年生といえば、こないだは年例祭とは別に「卒業プロジェクト発表会」というのもあって、12年生それぞれが1年半取り組んだテーマについての発表も見せてもらうことができました。私が見せてもらえたのは、カポエイラとカリグラフィーと歩き旅について取り組んだ3人の発表でした(会場の都合などで全員分の発表は見ることができません)。ひとり40分くらいの発表時間だったでしょうか、構成もよく考えられており、途中つっかえるところがあってもなんとか自分の言葉でお客さんに向かって伝えようとする姿が美しく、もちろん一年半の取り組みやその成果も素晴らしくて、涙、涙でした。

 

それで、年例祭に話は戻りますが、1年生から12年生までの姿を見せてもらえて、自分が仕事で接している中学生達と同じ、思春期特有のトンネルの中にいる子ども達を見ることができたこと、そしてそのトンネルを抜けた先の姿も見ることができたのは、本当に大きな収穫でした。ついこの間、仕事先で新しく出したばかりの本がなくなる(おそらく盗まれてしまった)ということがあり、落ち込んでいたのです。夜中眠れなくなるほど落ち込んでいたんだけど、こういう、成長してトンネルを抜けた子ども達の姿を見ることができると、希望が持てるんですね、やっぱり。ただ、本を盗んでしまった(もしかしたら違う理由で本がなくなったのかもしれないけれど)生徒がこの先成長して、「あんなことしなければよかった、もう二度としない」と思うのか、社会に出ても同じようなことをしてしまうのか、その分かれ道に立っている時にどんな風に導いてあげられるのかというのは私たち大人にかかっている。中学校にいる大人だけでなく社会全体の大人たちが良いお手本を示さないといけない。諦めずに。

家ではこういう、しんどい出来事があった時ばかり夫に話を聞いてもらうので、「やめちゃえば」と言われることもあるんだけど、嬉しいこともたくさんあるので、全然やめる気はないんです。「何か手伝うことないですか?」と言って毎日仕事を手伝いに来てくれる生徒もいますし、「私たちもおすすめ本を紹介したい!」と言って図書室だよりの記事を自主的に書いてくれる生徒もいます。こないだ私は「バレンタインはどうでもいいイベントのひとつ」と書いてしまいましたが、なんと次の日チョコレートをいただいてしまいました。「毎日図書室に行けて本当に楽しいです!」とメッセージつきで。いい仕事でしょ。

 

さ、レポート書こう。

皆様も良い一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
兄弟

久保さん、皆さん、おはようございます。

今日もレポート書きです。頑張る(はじめに宣言しておきます)。

 

今日は母の誕生日です。おめでとう。えーと何歳になったのかな、確か年女だったよね…。またお祝いをしにゆこう。弟と料理を作ろう。

 

そして今日はバレンタインデーでもありますね。今朝息子に「バレンタインってなに?」と聞かれたくらい、我が家ではどうでもいい行事のひとつとなっています。がしかし、働いている中学校ではそうはいかないみたいで、女子は「友チョコ」に「部チョコ(部活チョコ? 後輩が先輩にあげるらしい)」まで最近は用意するらしく、「誰かが勇気を出してやめないと」とつい言ってしまいました。そうやって大勢の人に贈り物をするのが心から楽しいというのならいいですよ、でも後輩が先輩にあげなきゃいけない慣習ってなんなの? ていうか中学で後輩とか先輩とかいって上下関係が始まるのがどうかしてるよ。自分の娘がそんなチョコ作ってたら(娘いないけど)説教ですよもう。

あと、昨日ボランティアに来てくださったお母様方からは、「チョコパイを個包装から出してデコレーションすると娘が言いだしたので『個包装のまま配る方がどんなにいいか』と言ったら喧嘩になった」という話があり、笑ってしまいました。いろいろ流行する季節ですからね。数も多いし、大人としては衛生面が気になるわけです。

 

そんなこととは別に、3年生の受験の結果がぽつぽつと耳に入ってくるようになり、複雑な気持ちです。結果は郵送だったり電話だったり色々のようだけど、郵送で来た結果を生徒が学校に電話で報告、という形もあって、職員室にいてそういうのが聞こえてくると、胸に込み上げてくるものがあります(もちろんなんでもない顔をして仕事を続けるわけですが)。

自分が受験生の時にも、やはり担任の先生はこんな風に職員室で待っててくれてたのでしょうね。私はいわゆる「滑り止め」というのを用意せず1校だけの受験でしたので、「みんな頑張るんだから、お前はみんなの倍頑張れ」と励まされたのをよく覚えています。サッカー部顧問の森先生。きっと心配されていたことでしょう。

 

夫が横浜と奈良を何度も往復していて、疲れ果てています。彼はひとりっ子で、でも今までひとりっ子であることに対して何も不満はなかったようなのですが、ここへきて「兄弟が欲しい」と言っています。お母さんが倒れてからだいぶ経ち、ゆるやかに死へと近づいていく中で、色々な決断をお父さんと二人でしてこなければならなかったからです(そしてまだその状態が続いています)。兄弟が多ければそれはそれで面倒なこともあるかもしれないけれど、やはり心の負担は分散されるのかもしれないですね。だからといって私が兄弟のかわりになれるわけもないですし。夫と父母の3人には、3人で結合していた3人だけの時間があるのだから、私は外の人として、もちろん手伝えることは手伝いますが、どう死を迎えるのか、そのあとどうするのか、といったところにまでは、口は出せません。もちろん意見を求められれば私の考えを言いますけれども、それは兄弟と何かを分かち合うというのとは、全然違うものね。

無力だなあと思うと同時に、私たちが死ぬ時には息子がまたひとりで大変なのだろうなと考えたりもします。少しでも負担が軽くなるように準備しておかなきゃいけない。どう命を終えたいのかの意思表示とか。

 

さあ、レポート書きます。

あ、『夏の花ほか 戦争文学』、とてもよかったです。こういう書き方はうまくないと思うけど、面白かった。戦争は酷いとか、悲惨だとかいうことを超えて、そこに生きていた人たちの姿とその表現の仕方に心を揺さぶられました。林京子『空罐』、遠藤周作『カプリンスキー氏』、大岡昇平『出征』、ティム・オブライエン『待ち伏せ』など。高校国語の教科書に出ている名作を集めたとのことですが、私はひとつも学校で読んだ記憶がありません。43で初めて読むなんてまずいなと思いながら読みました。しかし読んでよかった。

息子と一緒に読んでいるのは『消えたモートンとんだだいそうさく』です。ウォートンとモートンというヒキガエルの兄弟のお話です。これもとても良いです。

 

さあ腰を上げる。

皆様もどうぞよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
みんなに福を

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

寒いけど、すっきり晴れている奈良です。

 

今読んでいる経営学の教科書が分厚すぎて、ちょっと焦っています。本当にあと一年で大学を卒業できるのか?

楽しそうなことに誘われても断ってばかりです。「一緒に蒸しパン作って売らない?」「卒業したら」「冊子作り一緒にしませんか?」「卒業したら」「農園に遊びに来て」「卒業したら」「おはなし会に…」「卒業したら」。

そのうち何にも誘われなくなるでしょう。卒業したら自分から声をかけていかなくては。

 

そんな中、先週はチェルフィッチュの『三月の5日間 リクリエーション』を観に行きました。私は初演ではなくて六本木で観たのが最初、そして戯曲も読んで、それだけで『三月の5日間』について知っていた気になってたけれど、そうじゃなかったんだ、と思いました。また別のものを観た感じ。ただ、別の日に観に行った夫と、「観た後になんだか寂しい気持ちになるのはなぜ?」と話した結果わかってきたのは、前の時は、「ああ、ダメだなあ…」と感じさせる男性(褒めてます)5人の中に、美しい女性が2人いる、そこから見えるおかしさがあったんだけど、今回はそれがない、っていうことで。でもそれはそれとして、今回はまた別のものとして、楽しんできました。

 

息子は学校の豆まきの日をとっても楽しみにしていたのですが、やってきた鬼がそれほど怖くなかったと言って不満そうにしていました。そして自分でとても怖い顔の鬼の面と金棒を作って「あーちゃんやってね、めっちゃ怖くして」と言うので、私はしつこく帰らない鬼を演じました。そのあと交代で息子も鬼役をし、夫が帰宅するとまた私が鬼になって、と、計3回我が家では豆まきをしました。

「自分の悪い心を豆が吸い取ってくれて、それを鬼に投げるんだから、落ちてる豆は食べちゃだめだよ」と息子に言われましたが、そんなこと今まで知りませんでしたよ。床がきれいだったら拾って食べていいものだと思っていました。

久保さんはお仕事でたくさん海苔巻きを作られたのでしょうか。我が家も海苔巻きを、と思い、意気込んでかんぴょうやきゅうりを買っておいたのですが、結局作りませんでした。かんぴょうを水で戻すこともしなかった。

 

味噌は作りましたよ。これで4度目くらいです。いつも半年で使い切ってしまうので、今年はいつもの倍作ろうと思って、先日は前半戦でした。

ストーブの上で豆を煮ている間、換気扇をつけないでいたら、台所の天井にカビが生えてしまいました。後半戦は気をつけます。

 

昨日は勤め先の学校の3年生は入試のためお休みでした。なんとも言えない気持ちです。あっという間にこの日がやってくるのだな。この日のためにしばらく眠れないほど緊張している子もいたようです。みんな元気でいてほしい。ここで人生終わるわけじゃないからね。

 

さあ私も勉強です。

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
話し合いましょうよ

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

連日、寒いですね。

家の窓を二重窓にしたくてたまらない。DIYしちゃおうかな。そう思っている間にあたたかくなるのかも。でも次の冬に向けてやってしまおうかな。「下手くそでもやってみる」が今年の抱負ですからね。

 

勤め先の学校も極寒です。パタパタと動きながら仕事をしていればなんとか凌げるのですが、こないだは事情があって図書室が使えず、職員室でずっとデスクワークをしていましたらみるみるうちに具合が悪くなってしまいました。家に帰り7時半には布団に入りました。熱があるとか頭痛がするとかいうわけじゃなかったのだけど、「もうだめだー」って感じになって。

息子は「レンジでゆたぽん」というやつをレンジであたためてくれて、布団に向かう私に持たせてくれました。ありがたい。それをお腹にのせたり太ももにのせたりしているうちに眠りに落ちました。

 

今日はそのゆたぽんを段ボール箱に入れ、毛布で自分の足とともに包んで大学の試験を受けました。この家に引越してきてから初めての試験です。問題の解答は「口ではいくらでも説明できるのよ…」という内容のもので、書くとなると文章の組み立てが難しく、ちょっと手こずりました。「不可」にならないといいな。

こんなペースですからこの3月に卒業するのは無理なのですけど、もうあと必要な単位数は残り少なくなってきたので、来年度末には卒業できるんじゃないかと思います。どうかな。卒業できたら嬉しいだろうな。踊っちゃうだろうな。

 

息子は昨日から、「俺のくるま、誰か乗った、俺の横浜町田、誰か通った、俺の布団、誰かたたんだ、ありがてー!」とラップのようなものを口ずさんでいます。私が試験を受けている間は『サニー』という漫画を描きながら静かに待っててくれました。

学校で手仕事の時間に編んでいた笛の袋は完成したのだそうです。すごいよなあ。ガーター編みでこれまで編んできたものを、最後にちゃんととじ針で綴じるところまでやったそうで、ほんとに先生はどうやって教えてらっしゃるのだろう、と思います。手で鎖編みを作る方法も息子は覚えてきて、するすると私の前で披露してくれました。

私も頑張ろう、と思い、来年度のクラスの係は裁縫系の仕事を担当することにしました。シルクの衣装を縫うのですが私一人でやるわけではなく、作れる人に教えてもらって他の保護者の皆さんにも協力してもらって縫うのです。難しそうだったら外注でもいいよ、と言われていますが、チャレンジしてみたい気持ちを持っている人は何人かいるので、できれば自分たちでやってみたいと思っています。今から楽しみです。

 

この時期はきっとどこの学校でも来年度のPTAの役員決めなどされているのでしょうね。

息子が前に通っていた学校では、PTAの仕事はくじ引きで当たっちゃったら問答無用という感じでしたので、「大学を卒業したらやりますから」と言ってくじ引きから外してもらっていたんです。それでも無理やりくじを引けと言われたら、「退会します」と言うつもりでした。もともと入会する意思表示もしていないのに、自動的に会費が引き落とされる仕組みでしたから。入学説明会の時には、「PTA会長さんからもご挨拶があります」とのことだったので、こんな仕事をこういう形でみんなで協力してやっているんですよ、というお話が聞けるのかと思ったら、「こんにちは」の一言もなく、「役員を断る資格があるのはこういう人」という規約を読み上げて終了という驚きのご挨拶だったので、PTAってどんな恐ろしい組織なのかと震え上がりました。まあでもくじ引きから外してもらえたのはありがたかったです。陰で何を言われていたかはわかりませんが。

学童保育ではもっと問答無用で、利用家庭の保護者全員が必ず何か係を担当しなければなりませんでした。車がないと難しいよねとか、土曜日旦那さんが家にいる家庭じゃないと難しいよねという種類の仕事に対して「その仕事はくじ引きで当たってもうちはできません」と勇気を出して手をあげたら、大変冷ややかな視線を浴びました(理解して下さる方も中にはいらっしゃいましたが)。怖かった怖かった。帰り道泣きながら「F、悪いけど来月から学童はやめて留守番してちょうだい」と息子に言ったら「やったー!」という返事でしたので、助かりましたが…。

 

今息子が通っている学校ではとにかく話し合いです。だからできない仕事を無理やり押し付けられるということはないのです。安心して「それはできない」「これならできる」と言える。大人ですものこれが当たり前だと思うんですけどね。クラスの係決めも学童保育の係決めも、意見がたくさん飛び交ってとんとんと話が進みました。「長」がつく仕事も「あ、それ私やろうかな、でもこの部分は苦手だから○○さんに助けてもらえたら」「いいよいいよ」とすぐに決まりました。やれると思う人が手をあげ、その人ができるやり方で仕事を進めればよいのです。私も自分ができる種類の仕事にぱっと手をあげることができて、本当に気持ちが良かった。ほっとしました。「みんな、泣きながら仕事しちゃだめだからね、これ無理かもと思ったらすぐに言いましょう」と念を押して言って下さるお母さんもいて、ありがたいことだなと思いました。

 

みんなそれぞれ、できることできないこと全然違います。小さい子がいるから裁縫は難しい、車が出せないから大きなものを運ぶのは難しい、家が遠いから何度も学校へ行くのは難しい、パソコンが苦手、忙しくてどうしようもない、などなど。それを無視してくじ引きで決めようとしたら誰だってやりたくなくなるよ。でも「話し合いで決めましょうよ」と前の学校の時、私から言い出すことはできなかったな。「それできません」と言うので精一杯だった。

 

ああ、こんな話で長くなってしまいました。

『銀河鉄道の父』はとっても面白いです。寝る間を惜しんで読みたくなるくらいだけど、我慢しています(健康第一)。通勤のバスや電車の中でちびちびと読んでいます。

息子とは相変わらずアンデルセン童話やアイヌの民話を一緒に読んでいます。

 

そう、息子の学校の先生は毎日おはなしをしてくれるのだそうです。どの学年の担任の先生もそうなのです。そういう学校なのです。本を開いて読み上げてくれるのではなく、覚えたものを話して聞かせてくれるのですから本当に先生方の頭の中はどうなっているのかと思います。週末も、日曜の午後になると「明日のおはなしは何にしよう」と考えはじめ、覚える作業もあるのでなかなか大変であると先生は笑いながらおっしゃっていましたが、毎日って本当にすごい。おはなしの勉強、私は今ちょっと停滞してますが、これからは息子の学校からも色々学べたらいいなと思っています。何年生にどんなお話が向いているとか、きっととても勉強になると思うので。

 

長くなりすぎました。久しぶりの試験が終わってほっとしてるんです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

皆さん良い夢見てくださいね。おやすみなさい。

 

| 日々 |
まだまだどきどき一年生

久保さん、皆さん、おはようございます。

雨の朝です。

 

阪神淡路大震災から23年です。

私は地震のあった前日に大阪から横浜に戻ってしまったので、揺れを体験しておりません。大学の公衆電話の長い列に並び、実家に電話をかけるも繋がらず、関西出身の人たちと「やっぱ繋がんないよね」「繋がんないね」と話していたのを覚えています。

地震に備えて、我が家では高いところには絶対に物をおかないようにしているのですが、備蓄や非常持ち出し袋についてはまだ中途半場な感じなので、今日きちんと確認しておこうと思います。図書室でも防災特集を組む予定で、すでに本を集めてあるので、まず私が勉強しておかなくちゃいけない。

それにしても私の実家も夫の実家も高いところにたくさん物があり心配でなりません。夫の実家は行くたびに台所など整理させてもらっているのですが、次行った時にはまた新たなものが上へ上へと積み上げられているので、あまり意味がないかなと思いつつ、でも危ないからなあと、行くたびに少しずつ片付けさせてもらっています。

 

3学期が始まり、中学校ではもう本格的な受験シーズンですから、3年生の先生方は大忙しな様子で、しかも間違いがあってはならないお仕事も多いのでしょう、ものすごい緊張感が漂っており話しかけるのにも勇気がいります。こんな時に私が「○○さんへ 予約の本が届いています」とか、「買い出しで選んだ本を借りられます」とかいう呑気なメモを先生の机にそっと置いておいても、生徒には届かないことが多く、3学期の3年生に用があったら直接会いに行かなきゃだめなんだな、というのが最近わかってきました。

 

こういう、季節ごとの学校の空気みたいなのは、一年やってみないと掴めないことなので、色々失敗しても今年は仕方ないと思いつつ、春からずっと緊張が続いています。毎回毎回、仕事に行く前に自分を奮い立たせている。学校に着いたら時計をちらちら見ながら全力疾走。殺気立ってはいけない、とこないだ書いたばかりですが、ついつい殺気立ってしまう。殺気立つと生徒とのコミュニケーションに失敗する。質問してきたことにちゃんと答えてあげられず、あーしまったなと後悔してあとで謝ったりすることになる。

落ち着かないといけない。深呼吸して。

ということで、今、片山洋次郎さんの『生き抜くための整体』という本を読んでいます。これ中学生向けの本なのですが、大人が読んでもじゅうぶん面白くて役立ちます。「整体ってなんであやしい感じがするの?」という話からはじまって、胸やお腹のはたらき、人との適度な距離の取り方、良い集中のしかた、など、なるほどと思うことがたくさん詰まっています。中学生がなぜ「こっくりさん」や「気絶遊び」、「いじめ」にはまっていくのか、という仕組みについても書かれています。私は仕事での緊張に加え、ここ最近は人付き合いでの緊張や不安も多く、ちょっと疲れていたので、これを読んでうまく脱力できたらなあと思っています。身体をほぐす具体的なやり方ももちろん載っています。

 

ほかに読んでいるのは、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』です。仕事上「読んでおかなければいけない」という本ですがスイスイと気持ちよく読めます。ほかにも「読んでおかなければいけない」本が山ほどあります。好きか嫌いかは関係なくとにかく読むのだ、という仕事が課せられる人生とは幸せなことですね。

あとは『教科書で読む名作 夏の花ほか 戦争文学』と『チボー家の人々』を並行して読んでいます。

そうそう、芥川賞・直木賞の受賞作品『おらおらでひとりいぐも』と『銀河鉄道の父』はすでに図書室に入れており、こういうのがタイミング的にうまくいく(みんなが気になっている時に図書室に入れられる)とほっとします。

あと、1年生の前で大オススメした『マーヤの自分改造計画』が繰り返し借りられて行くのも嬉しく、先生にオススメした『旅をする木』について「読み終えるのがもったいなくて」と感想をいただいたことも嬉しく、緊張するけどいい仕事だなと思います。大先輩のCさんが、「やればやるほど良い仕事よ」とおっしゃっていたのがよくわかります。

 

さあ、大学の勉強をしなくては。その良い仕事を今後も続けられるように。

いや、その前に今日は防災チェックだった。どちらも頑張る。

 

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
来年は彼の年

久保さん、皆さん、おはようございます。

2018年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

息子の忘れ物を駅まで届けに走って、もうへとへとです。

忘れ物してもなんとかなるよと思うけど、ちょっと今日のものは、学校で「あ、忘れた」と気づけばよいのですが、もし電車の中で「あ、忘れた」と気づいてしまったらきっと息子はパニックを起こして引き返したりするだろうというレベルのものだったので、仕方なく全速力で追いかけたのです。

その前から「今日はいつもの電車に間に合わない」と息子は軽くパニックを起こしていたので、大丈夫次の電車でも絶対間に合うから歩いて行きなさいと私が言ったら「わかったよあーちゃん、小走りで行くよ」と言っていたのに、やっぱり息子は全速力で走って行ったようで、私はすぐ飛び出したのに全然追いつけず、駅のホームでそわそわと立ってる息子に歩道橋の上から大声で呼びかけてやっとつかまえた、という、そんな朝でした。疲れたよーう。

 

3学期の頭というのは、なんか、ダメなんだな。去年もそうだったけど。ぐずぐず言うんですよ。「布団があたたかいから出たくない」という単純な理由もあるようなんだけど、不安というか、不満というか、そういうのも強くなるのかな。朝は大騒ぎになりますね。そこそこ早く寝かせてはいるんです。もっと早く寝かせればすっきり起きられるかといったらそんなことはないんじゃないかと思う。なにかがいや、なんだかいや、って感じで、ぐずぐず言ってる。「うるさーい!黙って支度しなさい!」と言うともっとうるさくなる。はあ…。

 

てな話を、今日は個人懇談なので先生に話してこよう。

前の学校では懇談というと15分程度でしたが、今度の学校ではひとりの子供につき1時間、先生とじっくり話をするのです。特別な事情がない限り両親揃って出かけます。編入する前の面談の時も2時間くらいは話したんじゃないかと思う。「F君の妊娠がわかった時のことからお産の時の様子、それから今までの成長について話してください」と言われてずいぶん色々な話をしました。

学校と家庭とが信頼しあって一体となって子供を育てるためにはこういうことが当然必要なのでしょう。まだ始まったばかりですがこの学校に12年生(一般の高校3年生)まで通わせますのでその間よく話し合っていこうと思っています。

 

年末年始は家族や友人とおいしいものをたくさん作って食べました。

夫の実家ではいただいた大きな鯛を夫がムニエルにしてくれたのが最高においしかったです。鯛ごはんもおいしかった。私の実家では弟が本を片手にすべてを正確に計量して完璧なフライドポテトを作り、その横で私が適当主婦カレーを作りました。そのあとは友人に作り方を教えてもらいながら餃子大会(皮も手作り)、息子のお友達をお迎えして中華大会(夫が唐揚げ、私がワンタン)と続き、最後は「イノシシかかりました」と友人から連絡をもらって今季初のイノシシを捌いて焼肉、と、まあ本当に贅沢な、食いしん坊正月でございました。

その間、2度ほど七草粥も食べましたけどね。息子は学校でも食べて3度。お腹、休めないといけませんからね。

 

イノシシは、友人が山へ引き取りに行ったり洗ったりして全部お膳立てしてくれたところを、包丁片手に捌かせてもらうだけなので、丸ごと引き受けていないというか、責任持ってない感じが申し訳ないのですけど(皮の後処理とか骨の後処理とか)、でも、途中こうして関わらせてもらうだけでも本当にありがたく、言葉にならない色々なことを感じます。

うちの息子は暖かい部屋の中で遊んでるだけでしたが、他の子達はちょこちょこと出て来て手伝ってくれて、その中で、「みんなが怖い話してるから逃げて来た」と行って外に出て来たYちゃんが、でもイノシシの姿も怖いと言って覗き見ながら、「そういうこと好きなの?」と私に訊くので「うん、好きなの」とこたえました。そう、好きなの、おばちゃんはこういうことするのが。どうしてだかわからないけど。「怖くないの?」と訊くので「怖くないよ」とこたえました。

そして今回も「上手い」という言葉に乗せられいい気になって頭部全体の皮を剥いだり(なかなか難しかった)、肉を部位ごとに分けたりしました。そして「あ、お魚と同じだな」とか、「脊椎動物はみんな同じなんだな」と思ったりしました。

 

だからといって、ただ動物を殺して解体したいのかというと、そうではなくて、「食べる」っていう行為の前に当然あるべきことをやれることが喜びなのであって、「食べる」がその先にあるから肉を分けながら興奮するわけです。なんでこういうのを「怖い」と思う人がいるんだろう、と不思議に思う時、じゃあなぜ私は「怖い」と思わないのかと考えてみると、食べるためにこうしているからなんだよ。みんな肉も魚も食べてるじゃないか。こういうのを「怖い」と思うなら切り身になってる肉なんか見たらもっと怖いはずじゃないのかな。ミンチなんかものすごく怖いはずだよね。刃物が当たってる回数で考えたらね。でもみんなそれは平気なんだよね。

とまあ、色々考える。ありがたいことです。

焼肉は美味しかったですよ、もちろん。レバーも美味しかったです。小さな体でも肝臓はとても大きくてびっくりしました。お腹を開けた時の、内臓の収まり方は「すごい」としか言いようがありません。

 

夢中でやってると翌日仕事ができなくなりますので休み休みやらせてもらって、息子も早く寝かせないといけないので2頭目の皮を剥いでいる途中で帰らせてもらいました。貴重な経験をさせてくれる友人に感謝感謝です。そしてもちろんイノシシ君にも感謝感謝です。

 

さあ、今年も元気に頑張ります。年末にも少し書きましたが、準備と後片付けも就業時間内に入れてできる範囲のことをする、というのと、下手でもいいのでやりたいことは何でもやってみる、というのが今年の抱負です。こんな抱負を立てられるのは夫と息子が元気でいてくれるからです。親世代は年齢的に色々ありますので私がしなければならないことももちろんあると思いますが、家の中は皆健康でありがたいことです。

 

駅まで全力疾走した疲れもそろそろ取れてきたので、今日も頑張ります。

皆様もよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
今年も一年ありがとう

久保さん、皆さん、こんにちは。

 

冷えるなあ、年末だなあ。

 

昨日私は仕事納めでした。先日生徒たちが選んだ本を書店に取りに行き、それぞれにバーコードシールを貼ったりブックコートフィルムをかけたりする「装備」という仕事をひたすらしていました。まだ全然終わっておりません。たくさん残したまま年越しです。年明けは新しい特集の準備やお正月の飾り付け、新しい新聞記事の掲示、図書室だよりの発行などいろいろやることがあります。手も頭もよく使う仕事で楽しいなあと思います。

 

やりたいこと全部はできなくて、「これは今はできない」と諦めることはたくさんあります。なんでもテキパキと、しかも笑顔でできればよいのですが、無理矢理やろうとすると殺気立ってしまうので、穏やかな気持ちでできる範囲の仕事をしようと心がけています。図書室は場の空気もきっと大事ですから。

 

これは家の中でも同じことですね、きっと。「やらねば」のリストにはたくさんのことが書かれていますが、準備と片付けもしっかり就業時間の中に入れながら、最優先のことをいくつかできれば、それで良しとしよう、と思えるようになりました。

昨日から夫と息子は横浜へ行っているので、今日と明日、私は集中して大学の勉強をする予定です。そして息子の肩掛けカバンを作る予定。学校のノートがとても大きいので、それを入れる専用のものを作ろうと思っています。あと息子が学校から借りている衣装のようなものがあって、その襟元に刺繍かなにかで息子のマークをつけなくてはいけないのですが(名前のかわりに)、息子のマークというのが岩にくっついている水晶の形なので、一体どうしたらよいのかと、悩んでいます。「消しゴムはんこが楽だよ」と教えてくれたお母さんがいましたが、消しゴムはんこにしても、水晶の形をどうやって…、と悩みます。

まあでも、手を動かして何かを作るのは楽しいです。頭がスッキリします。

 

私にとってこの一年は、中学校での仕事が始まり、笹舟に乗ってものすごい急流の中を揉まれて行くような、そんな一年でありました。たくさんの生徒たちや先生たちと接しながら、こうすればよかった、とか、何がいけなかったんだろう、とか、ごめんなさい、とか、思うことが毎日あって、グレーの染みがたくさんあるような一年でした。

楽しいこと、幸せなことももちろんたくさんありましたから、いい一年だったと感謝していますが、その中で「失敗したなあ」とくよくよすることが多かった。

引き続き頑張っていくしかないのですが、反省しながらも、手を動かして何かを作っていると、この「くよくよ」が少し晴れる気がしますので、積極的に手を動かしていこうと思っています。

 

「最優先のこと」がある程度終わったら、私も横浜へ行って、そのあと大阪の実家にも行って、弟と一緒に料理をしようと思っています。凝り性の弟なので、どんなものを食べさせてくれるのか楽しみです。

 

今年もこのブログにお付き合い下さった皆様、ありがとうございました。

家族以外にどんな方が読んで下さっているのかなあと、いつも不思議な気持ちで想像しています。読んで下さってありがとう。皆様どうぞよいお年をお迎えください。

 

| 日々 |
ふるさと

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

雨のクリスマス・イブです。

 

でも昼間は晴れていて、息子が通っていた保育園の、クリスマス会に行って来ました。今年度末に閉園してしまうので、最後のクリスマス会でした。

 

私はあるお母さんのリコーダーに合わせてピアノを弾きました。そのお母さんの娘さんには鈴を鳴らしてもらい、息子には木琴で助けてもらいました。息子は手品も披露しました。何もない筒の中からうさちゃんと鈴が出てくる手品です。ちょっと緊張していましたがなんとか成功しました。私は誰かと一緒に演奏、というのに、こないだも書きましたがとっても憧れていましたので、心から楽しませてもらいました。声をかけてくださったIさんに感謝です。

 

私たちのあとにバイオリンとピアノの演奏が続き、そのあとに園長先生の歌がありました。「大きな古時計」と「ふるさと」を歌っていらっしゃいました。保育園の最後のクリスマス会を、園長先生自ら存分に楽しんでいらっしゃるように見えました。そして、集まった園児たち、卒園児たち、大人たちみんなが楽しめる、あたたかい会になるよう心を配っていらっしゃるのがわかりました。

園長先生は、「88歳の母を思って歌います」と言ってから、「ふるさと」を歌われました。園長先生は保育園を閉園されたら、ご自身のお母様のような高齢の方に喜んでもらえるような、おいしくて体に良い食事を提供できる場所を作りたいとおっしゃっています。ご自分が疲れたから閉園されるのではなくて、新たな夢をこれから叶えるために閉園されるのです。

 

群れずに、自分の考えを持ち、夢に向かって生きよというメッセージを、これまで何度となく園長先生から受け取って来たと私は思います。今日も「ふるさと」を聴きながら、閉園の寂しさだけでなく先生の力強い生き様を思い、心打たれて涙した保護者はたくさんいたと思います。

息子を今の学校に転校させようかと考えはじめた頃、「F君には絶対に合っていると思うわ」と背中を押してくださったのも園長先生でした。心底ほっとしたのを覚えています。

閉園されたら、今の保育園と同じ場所でカフェをオープンされるのだそうです。「何歳まで(保育園に)来ていいの?」と尋ねた息子に、「中学生になっても高校生になっても来ていいよ」とこたえてくださった言葉は嘘ではありませんでした。また同じ場所に、いつでも帰ることができるのです。

 

このクリスマス会の他に、仕事でも人前に立つことがあり、緊張することの多かった一週間でしたが、なんとか無事終わってほっとして、今、喉が痛いです…。でもクリスマスですから、毎年のように丸鶏を焼きました。

息子の学校ではクリスマスの本来の意味について教えてもらえますので(とは言ってもキリスト教系の学校というわけではないのです)、親の私たちも、今までと随分違った視点からクリスマスというのを見ることができ、新鮮な気持ちです。学校のお父さんお母さんたちと、針葉樹の枝を束ねたクランツというもの(リースを机の上に寝かせたような形のもの)を作った時には、もみの木ってこんなにいい匂いなのか!クリスマスって本来こんなにいい匂いに包まれるものなのか!と感激しました。

キリストの生誕について描かれた美しい絵本も、以前は「私には関係ない」とばかりに敬遠していたのですが、手にとってふむふむと読むようになり、身近な人と静かに暖かい時間を過ごすのがクリスマスなのだなとやっとわかってきました。

 

とはいえやっぱり、「クリスマスだからってなんだよ!」という気持ちは少なからず残っているわけです。そんな気持ちも残しておかなくちゃ、と心のどこかで思っているのだと思います。一緒に過ごす親しい人など誰もおらず、ひたすらバイトする年末年始なんて珍しくありませんでしたから。

 

だからまだ、なんだかいびつな楽しみ方しかできませんけれど、とにかく我が家ではクリスマスは「丸鶏を焼いて、食べる日」となっています。

年をとるにつれ食べられる量が少なくなってきて、夫と「寂しいよね」と言いながら食べました。がっつきたい気持ちはあるんだけど、無理して食べるとすぐにお腹をこわすんです。

息子は「サンタさんにも分けてあげたい」と言い、「さんたさんへ ここのとりのまるやきはたべてもいいです」と手紙を書いていました。食べられるかな、サンタさんは。

 

食後は膝の上に息子が乗ってきて、一緒にまたろうそくの炎を見つめました。息子が作ったろうそくはもう小さく小さくなっています。でもとても美しく炎が立つのです。絵に描いたように。

 

さあひと仕事して寝ようかな。

みなさまおやすみなさい。よい夢を。

 

| 日々 |
あなたの人生はこれから

久保さん、皆さん、おはようございます。

 

今朝も、冷えますね…。

息子がまだ起きてきません。昨日の夜まぶたが二重になっていたので、ちょっと具合が悪いのかもしれない。ゆっくり寝かしといてあげよう。私が小さかった頃も、体調が悪くなると奥二重のまぶたがくっきり二重になる、ということがあったようですが、あれはなんなのでしょうね。不思議ね。

 

おととい、勤め先の中学の生徒たちと本屋さんへ行ってきました。あらかじめ、「こういう本は避けてね」というのは伝えておいて、学校の図書室にふさわしい本を生徒たちに選んでもらうのです。前回は結構いい本を選んでくれたのですが、今回は「うーん」と悩んでしまう本も何冊かありました。これから先生と相談して、実際に買うか買わないかを決めることになります。

本屋さんの中ではどうしてもみんな文庫本コーナーに群がります。「大きい本は読むのが大変」と思っているのでしょうか。「あっちにも面白そうなのあるよ」と言っても動こうとしません。いつもものすごく大きな荷物で学校に来ますから、本は軽い方がいいと思っているのかもしれません。

 

行きと帰りは3年生のT君と一緒に先頭を歩きました。T君はなんというか…、よく先生に怒られているのですが、素直なところもあってみんなに愛されてもいる、とてもチャーミングな生徒なのです。この日は並んで歩きながら、一年のうちでどの日が好きかとか、お母さんがパートから店長になった話とか、早く結婚して子供が欲しいという話とか、いろいろ話してくれました。

いつもの委員会の仕事はよくサボるし、仕事に来たら来たで「こんな簡単な仕事やりたくない」と文句たらたらなのですが、本は大好きですから、こういう買い出しの時にはちゃんと来るのです。あと、こないだ雪の結晶の切り紙を頼んだ時には、「俺こういうの得意やで」と言ってチョキチョキと、家にまで持って帰って作ってきてくれました。翌日には白と青の雪の結晶をたくさん、図書室の窓に貼ることができました。しかも全部違う形の結晶です。「早く2月になって受験が終わって欲しい」と話していました。そうだね、早く終わって欲しいね、としか言えず、何にも励ましの言葉が見つからなかったのですが、彼の口から「通信なんか行ったら人生おしまいや」という言葉が飛び出した時には、「そんなことで人生は終わらない!」と力を込めて伝えました。

 

続きを書いている今は、夕方です。息子はまだちょっと二重まぶたです。でも頑張って今日はマジックの準備をしました。今週末のクリスマス会で披露するのです。うまくいきますように。

 

さあ夕飯の支度です。水曜日は魚料理と決めています。今日は石狩鍋にしよう。

皆様も楽しい夕刻をお過ごしください。

 

| 日々 |
チクチク

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

今日も、寒かったですね…。

息子は外で紙飛行機を飛ばしていましたが、私は一日家にいました。

 

息子は転校して「毎日夏休みみたーい」と言っていましたが、そのままの気分で冬休みに突入しました。家では紙飛行機作ったり、レゴで独楽を作ったり、ピンホールカメラを作ったり、貯金箱を作ったりしています。友達の誕生日には青いロボットを作ってプレゼントしていました。肩や肘、膝など関節部分がハトメでつながっていて、動かせるようになっていました。昨日からは羊毛フェルトに夢中です。私がただ眺めるために借りて来た羊毛フェルトの本を見て「僕これ作りたい」と言い、チクチクと羊毛に針を刺してプロトケラトプスの頭部やキウイ(鳥のほう)を作っています。「あーちゃんもやりなよ」と言われ私もチャレンジしてみましたが、これ結構刺すのですよ、自分の指を。痛いのなんの。ぶつくさ言いながらテープを指に巻いていたら、「そのうち刺さなくなるよ」と息子に励まされました。

 

私が仕事の日には息子は学童保育に行っています。ありとあらゆる種類の鬼ごっこをしたりボール遊びをしたりしているようです。線路をつなげて遊んでいたら年上の子に「だっせ」と言われたんですって。年上の子が偉ぶっているのはどこも同じです。でも優しくしてくれる時もあるんだよ、と息子は話していました。学童については色々不満を漏らしていますが、そこには「あーちゃんは仕事で僕は置いてかれてつまんなかったんだよ」という気持ちも含まれているように思いますので、話半分に聞いています。

 

転校させてからの意外な変化は息子の体ががっしりしてきたことです。同じ年齢の子の中では小柄な方ですが、腕や足がひょろひょろじゃなくなってきました。外を駆け回っている時間が以前と比べるとかなり長いので、そのせいじゃないかと思います。擦り傷もよく作ってますが良いことです。この間は石けりをしながら学校から帰って来たそうで、階段も一段一段、石を足の間に挟みながら飛んで上がったと話していました。そりゃ頑丈になるよなあ。外で紙飛行機を飛ばしていても、風が吹けば嬉しくてツーステップ、日が差せば嬉しくてツーステップです。

 

昨日図書館へ行った時、入り口ですれ違ったおばあさんが息子を見て、「うわ〜、また来れた〜、よかったな〜」と満面の笑みで話しかけてくれました。息子は「え、なに?」という顔をしていましたが、おばあさんは笑顔のまま「バイバイ」と言って帰って行かれました。

多分ね、おばあさんは、数日前に息子が図書館で私に怒られているのをご覧になったのだと思います。その時私はカンカンに怒っていて、「もう二度と連れてこないよ!」と静かに怒鳴っていましたから、きっと心配されていたのでしょう。それで息子を見て「うわ〜、また来れた〜」と喜んでくださったのでしょう。多分ね。

 

家で今息子と一緒に読んでいるのは『ムーミン谷の彗星』と『雪の女王』です。息子は一時期「僕おはなし好きじゃない、絵本とか図鑑がいい」と言っていた時期がありましたが、今の学校ではクラスの先生も学童の先生も毎日「おはなし」をしてくださるので、家でもまた「おはなしして」と言うようになりました。

 

さあ、寝なければ。来週は私が学期末で大忙しです。

皆様お元気でお過ごしください。おやすみなさい。

 

| 日々 |
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   
<< February 2018 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
モバイル
qrcode
PROFILE