しいたけ園←ブロッコリー

南波典子から『トーキョー・ボディ』共演者である久保優子さんへ送る日々の記録。
子育てのこと、仕事のこと、などなど。

久保さんからのお返事『しいたけ園→ブロッコリー』も、どうぞよろしく。

映画『3人、』見に来てくださった皆さま、ありがとうございました。
ちまちまができる喜び

久保さん、皆さん、こんばんは。

インフルエンザが流行っている、とあちらこちらから聞こえてきますが、皆さん大丈夫ですか?

 

我が家は皆、そこそこ元気です。もう何年も、家族の誰もインフルエンザにかかっておりません。最後にいつかかったのか、もう思い出せない…。インフルエンザの予防接種というのを、受けないようにしているんです。毎年毎年、「予防接種受けたのにインフルエンザかかっちゃった」と言う人の声を聞き、我が家は誰も予防接種受けてないのに発症せず、というのを繰り返してきましたので、「きっと予防接種受けてないから元気なんじゃないの?」と思うようになりました。

でもそんなこと言って調子に乗ってたらかかっちゃったりしてね。気をつけます。

 

「なんだかあやしい」と思う時には、かりんシロップやゆずシロップをお湯で割って飲んでいます。そして早めに寝ます。「レンジでゆたぽん」を膝の上にのせて。肩がこってる時には耳かきでちくちくツボを刺激して。

 

大学のレポートや試験勉強から解放されて早4ヶ月、ようやくほっと、焦らなくていい毎日がやってきました。

義母からもらったけれども何度チャレンジしても使いこなせなかったお櫃を、また引っ張り出してきてご飯を移し替えるようになりました。今度こそ使い続けるぞ。怖がらずにタワシでゴシゴシ洗うぞ。

 

こういうのって、どうでもいいと思う人には本当にどうでもいいことなんでしょうけど、塗りがはげてきたお椀を今修理に出していて、それが返ってくるのも楽しみなんです。今日は持ち手がボロボロになってしまったカバンを修理に出しました。あと郵便局に行って書き損じはがきを切手に交換してもらいました。こういうちまちましたことができて本当に幸せ!

 

いや、レポート書きや試験勉強をしながらでも、こんなことくらい皆さんできるのでしょうけど、私はできなかったのです。普通の家事が落ち着いてできるようになってありがたいことです。

 

息子は学校で収穫した大根でなんとたくあんを作っているそうで、今日は帰宅後真っ先にそれを報告してくれました。とにかく漬物(特にたくあん)大好きっ子ですから、「大丈夫? 作りながらよだれたれちゃうんじゃないの?」と訊いたら「大丈夫だよ!」と笑っていました。今日は大根を洗って干すところまでやったんだそうです。

あ、干し柿は完成しましたよ。ちゃんと白い粉もふいて、甘い干し柿になりました。干し柿の世話は冬休みの宿題だったのですが、先生が「出来上がったら食べていいからね」のひとことを言い忘れたそうで、食べたいのに「これは宿題の柿だから」と我慢していた子が何人かいたようです。かわいい。

 

学校ではこういうこともやっていますが算数や国語のような勉強もちゃんとしていまして、最近は少しずつ、長期休み以外にも宿題が出るようになりました。といっても公立の1年生の宿題より量は少ないと思いますが。九九の8の段だけ紙に書いていくとか。「宿題」っていうものに、3年生のこの時期から徐々に慣れていく感じですかね。

公立の小学校では入学したらすぐに宿題が始まって、よく息子は1時間くらいかけて泣きながら宿題やってましたから、この時間はいったいなんなんだろうと私もイライラしていましたが、今の学校に通わせるようになってからは放課後たっぷり自分の好きなことができるようになったので、息子も、その姿を見ている親も、ずいぶん気持ちが楽になりました。

 

この間は一緒に「ヒンメリ」という麦わらのモビールを作りました。前にも一緒に作ったのですけど、また新しいのが作りたいと息子が言い出したので。途中でうまくいかなくて息子は叫んでいましたけど、でも最後はきれいなものが出来上がりました。

今日は息子の考えたルールで相撲をしたり、海苔巻きごっこ(私が海苔になって息子が納豆になる遊び)をしたりしました。あと『くまのパディントン』を句点ごとに交代で読んでいったり(きっと学校でそういう読み方をしているのでしょう)。

寝る前の『ホビットの冒険』はまだまだゴールにたどり着きませんが、ようやくホビットが戦う相手の「スマウグ」という竜が出てきたのでハラハラドキドキするシーンが続いています。毎晩「もうちょっともうちょっともうちょっともうちょっと!」と大騒ぎです。

 

私は今更ですが東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読み、2017年の東田さんの講演会の記事を読んで、また知らなかった世界に出会ったなと、久しぶりに大きく揺さぶられています。『跳びはねる思考』も読もう。ゆっくりしっかり読もう。

『親のための新しい音楽の教科書』は、音楽の話は大変面白かったのですが、なぜかスクールカウンセラーについてかなり否定的に書かれている部分があり、それはないよと思ってしまいました。スクールカウンセラーの方は子どもとだけ喋っているわけではないし、学校へ行くことが最善などとは考えてらっしゃらないと思うんだけど。なぜあんな意地悪な書き方をされたのだろう。

 

さあそろそろ寝ます。

皆様もあたたかくしてお休みください。よい夢を。

 

| 日々 |
年の初め、とは言えないけれど

久保さん、皆さん、こんばんは。

年が明けて、だいぶ経ってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

年賀状をくださった皆さん、ありがとうございました。久保さんもありがとうございました。ちびちびとお返事を書いております。

息子にもクラスメイトからたくさん年賀状が届きました。「サンタさんからなにもらった? ぼくはねー、…」というかわいい文面もあり。息子はひとりひとりに宛てて「何をかこうかな…」と悩みながら、それぞれの人に違うイラストを添えて返事を書いていて、面白いなあと思って私は横から見てました。こびとが「あーいそがし」と言いながら手紙をポストに投函しているイラストとか。でも楽しんで描いているのですけどね。

 

年末は横浜の義父のところへ行きました。

行きのついでに東京の三菱一号館美術館に寄って、息子とふたりで「フィリップス・コレクション展」を見てきました。息子はまず東京駅の駅舎を見るのが初めてで、「僕こういうの別に興味ないんだけどね」と言いながらも感嘆しているようでした。彼は今まで「きょうと」と「とうきょう」のふたつは同じようなものだと思っていましたから、全然違うのだとわかって驚いたようです。

フィリップス・コレクションは、モネの《ヴァル=サン=ニコラ、ディエップ近傍(朝)》という作品が素晴らしかったです。生活の中で、「どこか遠くへ行きたいな」という気持ちになった時、その絵を思えばすっと意識を旅立たせることができるような。そして額縁がまた、どの絵についてるものも最高にその絵にぴったりの額縁で、その組み合わせを見るのも楽しかったです。絵をかなり間近で見られるのも嬉しかった。

息子は「音声ガイドが聞きたい」と言ったけれど、迷った末にやめておきました。まずは「見る」ことに専念させた方がいいだろうと思い。もう一度見るチャンスがあるならその時は解説を聞いたらいいのでしょうけど。彼はジャン・シメオン・シャルダンの《プラムを盛った鉢と桃、水差し》が気に入ったようで、その絵が表紙になっているノートが欲しいというので記念に買いました。

 

喪中ですので正月らしいことは何もしないつもりでいましたが、義父が「鯛だ」「蟹だ」と言うので結局はご馳走を食べる年越しとなりました。普段ひとりきりの生活になってしまいましたから、やはり寂しいのでしょう。「天ぷらも欲しい」と義父は言っていましたが、「年越しそばは毎年結局食べないから」と言って買いませんでした。私たちはすぐ眠くなってしまうのです。大晦日も9時半ごろに寝てしまいました。

新幹線が空いている方がいいと思い、元日には奈良に帰ってきました。新横浜駅の機械式の駐車場で、車が扉の向こうに飲み込まれていく様子を見て息子が「ばあばが焼かれた時みたい」と言っていました。

ホームまで見送りに来てくれた義父の寂しそうな背中よ。ついこの間の誕生日に(義父は古希を迎えました)「おめでとう」と電話で伝えたら、「これから本屋に行って孤独死にならないための本を買ってくる」と言っていました。「私たちもまた行きますから…」と、もちろん伝えました。

 

そして学校が始まりました。息子も、私も。

始業式の日には「先生あけおめ」「あけおめ」と言いながら生徒たちがぞろぞろとやってきました。「はいあけおめです」とこたえたら、「『あけおめです』ってなんやねん」とつっこまれてしまいました。

今年も精一杯仕事を頑張りたいとは思いますが、週3日の勤務時間にフルタイムの人がやってるような仕事をぎゅっと詰め込むことは無理なのだ、ということを肝に命じて、やりたいけどできないってことは諦めて、週3日でできることを丁寧にやっていこうと思っています。いつも「間に合うのか」「できるのか」とヒヤヒヤしながら仕事をするのはやめよう。

学校司書の役割ってまだまだ知られていないんだなあと感じることは多いのですが、私たちが子どもの頃は学校に図書室はあっても学校司書はいませんでしたから(私立の学校などにはいらっしゃったのでしょうが)、それは当然のことなので、少しずつ知ってもらう努力をしていかなければいけない。そしてもちろん勉強もし続けなければならない。ずっと、ずっと。特に学校教育のことや児童の発達心理学なんかは司書としての勉強の中にはほとんど含まれていなかったので、自分でなんとかしなくては。

あとはコミュニケーション。「聞かぬは一生の恥」とこれまでも何度心の中で唱えたかわかりませんが、先生方は当たり前に知っていることも、聞いててわからない時は「それってどういうことですか?」と遠慮なく訊く。もちろん生徒にも「それなあに?」と遠慮なく訊く。ほんとはひとりで閉じている方が好きですが、これはもう修行としてやっていくのです。これを続ければ様々なことがきっと良い方向に進むでしょう。私の世界もひろがるでしょう。

 

こんなにだらだらと書いている暇があったら一枚でも多く年賀状の返事を書けばよいのですが、こちらも書いておかないと、なんだか体が調わないのです。

 

昨日は息子と自転車で平城宮跡へ行って、広大な平城宮跡の中を自転車で走り回って気持ちよかったです。家から片道1時間もかかってしまったので息子はさすがに疲れたようで、「もう行かない」と言っていましたが。でも「いつか自転車で行ってみたいね」とずっと話していたので、夢が叶って嬉しいです。凧揚げをしている人がたくさんいました。

 

今日は大きな図書館へ。息子は人工イクラの作り方とかブロッコリーのDNAの取り出し方が載っている本を借りていました。

私もたくさん借りました。中でも『親のための新しい音楽の教科書』が楽しみです。これから読みます。

 

「息子は」「息子は」と書いていますが、息子とこんな風に一緒に行動できるのもそう長くはないと思いますので、楽しんでおきたいのです。そのうちぷいっとされるんです。「今日は帰り遅いから」とか言われるようになるんです。

あと「夫は」と一言も出てきませんでしたが仲が悪いわけではありません。夫は足が痛い痛いと言っています。私は筋トレの手伝いくらいしかできないのが切ない。

 

それでは皆さま繰り返しになりますが今年もよろしくお願いいたします。

おやすみなさい。よい夢を。

 

| 日々 |
あらためまして

久保さん、皆さん、こんばんは。

寒い寒い夜です。

 

でも、冬休みに入り、少しゆったり過ごしましたので、気力も体力も回復してきました。頭の中で「すべての山に登れ」が流れています。もう大丈夫だぞ。

 

『サウンド・オブ・ミュージック』は、自分が歳を重ねるごとに、作品のすごさがわかってきて、サントラ聴いているだけで泣けてきますね。子どもの頃何度LPを聴いたかわかりませんが。あの頃は英語の勉強のつもりで聴いていましたし、マリアがカーテンで作った子どもたちの服が可愛いなあとか、それくらいにしか思っていませんでしたが。

自分のやる気が戻ってきた時に「すべての山に登れ」が頭の中で鳴り響くとは。

 

息子はサンタさんに「コリドール」というボードゲームをもらいました。これ面白い! 将棋ができない私にもできる単純なゲームなんですが、色々な角度から物事を見ないと勝てません。

息子は喜んでいましたが、本気で勝負すると私ばかり勝ってしまうので(こういう時手加減ができない)、よく悔しそうな叫び声をあげています。でも負けても泣かなくなった。成長したなあ。

 

息子はこの一年、学校での生活科の授業が楽しくてとても充実していたようです。春の草摘み、タケノコ掘り、天ぷらなどの調理から始まって、2学期はひたすら家づくり、家づくりをしながら単位の勉強、同時に田植えから稲刈りまで、そして柿渋作りや干し柿作り、などなど。干し柿はまだ完成していなくて、冬休みの間も、柿を入れた容器の蓋を、朝は開けて夜は閉めて、とか、たまに振ってみて、など、お世話は続いています。家づくりも実はまだ終わっていなくて、3学期、仕上げをする予定なのだそうです。「予想外に大きな物件になってしまって…」と先生はおっしゃっていました。でも、家づくりを通しての、息子の自信のつき方というのは、本当に大きかったと思います。「屋根の上の作業はぼくに任されている」「かすがいの扱いはぼくに任されている」と息子は思っていますから(実際にはみんなでやっているとしても)。

そして毎日、教室に入る時の安心感。「教室に入るとね、ろうそくの匂いがするんだよ。ぼくあの匂い大好きなんだ。あの匂いを嗅ぐとね、だんだん体があたたかくなるんだよ。火をつけていなくてもね。」と息子はしみじみ話しておりました。満足しているのだな。何よりだ。

 

義母は亡くなってしまいましたが、家族3人はなんとか無事にやってきました、2018。私は大学の勉強がほぼ終わり(まだ卒業決定かどうか教えてもらえないのです)、家のことと仕事のことに集中できて、ありがたい毎日です。

来年もエアロバイクをこぎながら元気に頑張りたいと思います。あ、料理も頑張ります。最近ウー・ウェンさんのレシピでご飯を作るようになって、我が家の食卓に新しい風が吹いています。

美しいものもいっぱい見よう。本もたくさん読もう。最近は『僕は、そして僕たちはどう生きるか』を読んでいます。

息子と読んでいる『ホビットの冒険』はまだまだ先が長い。厳しい旅の途中で、何度もホビットがあたたかい我が家を思い出し、帰りたくなるシーンがあって、そのたびに、「そう思うのはこれが最後ではありませんでした」と記されているのが、息子は大好きなんです。

 

2019年、皆様にとって良い年でありますように。元気に過ごしましょうね。そしてどの人も、言いたいことを、言うべき時に、ちゃんと言えますように。世界が少しでも良い方向に動いていきますように。

 

| 日々 |
新しい世界の見方

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

年の瀬ですね。

 

2学期の最後、疲れ果ててしまい、色んなところで色んな方に細かな失礼を重ねてしまったような気がします。私は自分のことしか考えていないな、とよく思います。

昨日はビブリオバトルの市内中学生大会があり、少しお手伝いをしに行ったのですが、みんなしっかり本を読み、自分の言葉でその本の良さを伝え、ほかの人の話もしっかり聞き、質問を投げかけ、質問された側はしっかり答え、ということができていて、すごいなあと思いました。私は今あまり人の話が聞けていない。2学期、頑張らなければ、というところは頑張ってきたけれど、何か見失ってるんじゃないか、もっと違う視点で物事を見なければいけないんじゃないか、と、焦ります。仕事でも、家庭でもです。

 

子どもも子どもなりに色んなことを考えているようです。

息子は今年も「さんたさん」と「きんたきん」に手紙を書いていましたが、「今のぼくにぴったりのプレゼントをください」と、かなり気をつかった文面になっていました。具体的な物を書いてもそれを貰えるわけではないのだとわかってきたようです。そして何故だか、「花の色は うつりにけりな いたづらに」と和歌が添えてありました。これはどう捉えたらよいのか。さんたさんときんたきんは下の句を返してくれるでしょうか。さらに手紙の横には、「ぼくたちが作ったお米です。どうぞ食べてください。」と、学校で作ったお米が2合、置いてありました。「2合で悪いんだけど」と息子はつぶやいていました。

さんたさんときんたきんは、きっと息子にぴったりのプレゼントを持ってきてくれるでしょう。

 

最近は『リーチ先生』と『モリー先生との火曜日』を読んでいます。お正月準備をしなくてよい年末年始なので、丁寧に読もうと思っています。何かヒントは見つかるかな?

喪中ハガキを結局出せなかった。ごめんなさい。もし年賀状が届いたら、ゆっくりお返事を書こうと思っています。

 

今年もたくさんの方にお世話になりました。ありがとうございました。なんて書いて、もう一度くらい年内にまた書くかもしれません。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。コメント欄も、「いいね」ボタンもないブログですけど、アクセスログを見るとまだ読んでくださっている方がいらして、いつも本当にありがたく思っています。

久保さんの日々の記録も、またの再開を楽しみにしていますよ。

 

では皆さまお休みなさい。良い年末年始をお過ごしください。

 

| 日々 |
しわす

久保さん、皆さん、こんばんは。

寒ーくなってきましたね。

 

でもビニール窓のおかげで今年の我が家は震え上がるほどではありません。

 

どうしてこんなにバタバタするのでしょう12月。まだもう少しこの渦の中にいなきゃいけない。

でも「大きな仕事」が終わり少しだけほっとしています。

 

子どもの前で喋るのと大人の前で喋るのと、どっちが緊張するかというと子どもの前だよね、と思っていたけど、大人の前でも緊張するんだな、やっぱり。どんな時でも緊張するのですよ、もう。

30分以上喋りたい内容を20分にまとめなくてはならなくて、コンパクトにするために家で何度も何度も「こんにちは。〇〇中学校で学校司書をしております佐藤と申します。ここからは私が…」と一気に20分まくしたてる練習を先週末繰り返したので、おかげでだいぶ肺活量が増えたんじゃないかと思います。

迷惑しているのは息子です。たいていこういう練習の時、私は遠慮しませんので、ご飯のあととかに構わず「こんにちは。〇〇中学校で学校司書をしております…」と始めさせてもらうんです。これまで詩を覚える時も、ブックトークの練習の時も、卒ゼミ発表の練習の時も、たいてい食後にやらせてもらいました。

こういうのはぶつぶつ練習をしても私の場合あまり効果がないと思っているので、毎回本番と同じ調子でやらせてもらいます。でもまだ一度も「うるさい!」と言われたことはない。ありがたい。

息子は「ああ、ああ」とか「イエイ、イエイ」とか、よくわからない相槌を打って聞いてくれます。

仕事が終わった後、「何人の前でしゃべったの?」と息子に聞かれたので、「150人くらいよ」と言ったら「なあんだ」と言われてしまいました。「1万人くらいの前でしゃべったのかと思った」と。コンサートじゃないから。

でも私があまりに必死なので、1万人くらいの前でしゃべると思っていたのでしょう。

 

夫も大きな仕事が終わりました。自分が作・演出した『僕がうまれた日』という舞台の公演があったのです。勤め先の施設の人たちと作った作品で、とてもとても素晴らしかったのですが、お客さんがほとんど身内でしたので、「東京でやればいいのに」と言ったら「みんなを東京に連れて行けない」と夫は言っていました。「ケアできない」と。「京都だったら行けると思う」と言うので、「その時には思いつく限りの人に招待状を出さねばね」という話をしました。

常日頃、「障害者演劇」というくくりに腹を立て、そして障害者を使った表現に「そんなもんじゃないだろう」と腹を立てている夫が、施設の人たちと積み重ねて来た時間が奇跡のように結晶となった作品でした。

ひとつ気になったのは夫の芝居がやや大きかったことだけ。

今度劇場でやる時には身内じゃないたくさんの人に見てもらいたいです。

 

この本番が終わるまで、夫はずっと「これが終わったら少し時間ができるから」と繰り返していましたが、息子は信じていなくて、「パパは演劇が終わったらまたすぐ別の演劇がやってくる」と怒っていました。でも多分ほんとにその通り。「パパの演劇は終わらないんだよ」と言ったら「なんだよ演劇なんて!」と息子は叫んでいました。

 

そんなことをしている間に今年も宮沢章夫さんのお誕生日が過ぎてしまった! おめでとうございましたと過去形で送るのも失礼なのでじっとただお祝いの気持ちを抱いております。

 

さあ寝なければ。まだまだ今週走り続けなければ。

あ、最近読んでいる『本の声を聴け−ブックディレクター幅允孝の仕事』、面白いです。参考にできるほどの知識量がまず私にはないけれど、それでも少しでも参考にしたい。

 

皆さまおやすみなさい。良い夢を。

 

| 日々 |
うまいっ!とさけびたくなるようなおいしさを!

久保さん、皆さん、こんばんは。

今日は、快晴でした。暖かかったです。

 

窓(正確には窓枠)にビニールを貼る、の作戦、見た目はちょっと良くないけれど、かなり効き目があります。やってよかったです。朝起きた時の「キーン」という冷えがありません。「窓の近くが寒い」ということがない。結露もしませんし。

そう、ちょっと不思議なことに、ビニールを貼ってある部分だけじゃなく、貼ってない南の窓も、それほど結露しなくなったんです。これはなぜでしょう(外が暖かいの?)。

見た目は本当に、「これから塗装工事するの?」という感じになってしまいますが、暖かいので良しとします。

 

息子の自転車運転技術は徐々に上達しています。今日は一緒に、家から15分ほど(自転車で)のところまで買い物に行きました。着いたと思ったら私が財布を忘れていたので2往復。「みんなの真似はしなくていい!」「かっこいい運転じゃなくて安全運転!」などと叫びながら息子のあとをついて走りました。疲れたー。

 

そんな息子が最近作ってくれるのは、「ごまあまパン」「ごまうまクッキー」「さわやかパン」などのおやつです。もち粉に黒砂糖と水を混ぜ、レンジで温めて作るのです(「ごま〜」はごま入り、「さわやか〜」はレモン果汁入り)。

以前から彼は、留守番中に勝手にもち粉を使ってねばーっとしたおやつを作っていたのですが、そのうち「シリコンカップを使えば生地がこびりつかない」ということを発見し、さらにその後、「薄めた生地をオーブンシートにたらして温めるとクッキーになる」ということを発見したようで、「一回レンジのとびらを開けて、閉めてからさらに余熱であたためるとカリッとなるんだよ」などと言いながら、そばせんべい風のおやつを作ってくれるようになりました。

私が仕事から帰ると「お店やさんでーす」と言って、メニューの中から私が選んだものをその場で作ってくれます。メニューには、「ごまあまクッキー うすあまいあじがあとをひく!」「さわやかパン おすすめ!すーっと口のなかをとおりすぎていきます。」などと書いてあります。ひとつひとつは小さいので、全種類いただいても大丈夫。ちゃんと夕飯も食べられます。

私が一番好きなのは「ごまうまクッキー」。「ごまあまクッキー」より甘さ控えめ、ごまのこうばしさが際立っています。

 

仕事でどうしても必要と思い、とうとうLINEを始めることにしました。意を決して登録したら、すぐさま近所の人からメッセージが来たので「LINEこわっ!」と叫んでしまいました。「知り合いかも」の欄には息子のクラスのお母さんや兄(?)と思われる名前がずらっと並び、ほっといたらこりゃ大変、と、仕事関係以外のメッセージは受け取らないように設定を変更。自分の名前も「仕事でしか使用しません」的なことが一目でわかるものに変えました。メッセージをくれたご近所さんにも「仕事でどうしても必要で始めただけなので今後はメールで連絡ください」と返信。感じ悪いかもしれないけど、そうでもしなけりゃ大切な人生の残り時間の多くをLINEに奪われてしまう気がして。ああこわこわ。でも上手に使いこなさなくては(仕事だけで)。

 

息子と一緒に読んでいる『ホビットの冒険』、やっと半分くらいのページに近づいてきました。ちょっぴりややこしい日本語を、なんとか読むことに必死で話の筋がちゃんとわかってないところもあるけれど、面白いんだよなあ。先が気になるところで本を閉じようとすると、「もうちょっともうちょっともうちょっともうちょっと!」と息子が叫ぶので、「じゃあほんとにもうちょっとだけね」と言って、結構長く読む、というのを、毎晩やっています。

 

さあそろそろ寝よう。

皆さまおやすみなさい。良い夢を。

 

| 日々 |
猛特訓

久保さん、皆さん、こんにちは。

今日はよく晴れております。

この昼の暖かさを夜まで残しておきたい、と思い、これから北側の窓にビニールの断熱シートを貼る予定。うまくいくでしょうか。二重窓のようになるかしら…。

 

昨日は息子と干し柿の準備をしました。というか、ほとんど息子がやって、私は少し手伝っただけ。

この間学校でやったのだそうで、家にも渋柿をひとつ持ち帰ってきたので「ひとつじゃあねえ…」と言ったら今度は10個持ち帰ってきました。息子はピーラーで皮をむいていました。私は横でかりんの蜂蜜黒酢漬けを作りました。

干し柿は家でやってみたことがないのでどうなるのか想像がつきません。すぐに鳥がやってくるかと思いましたが今のところ大丈夫です。

 

息子が学校で作っている家はだいぶ完成に近づいてきました。渋柿の木を囲むようにL字型になっていて、いくつも階層がありとても楽しそうな家です。息子は親方や大親方に信頼され屋根の上の作業など任されているようで、得意そうに家で話をしてくれます。そして家作りで高いところが平気になったせいか、突然木登りが上手くなりました。ものすごく怖がりなのに木登りだけひょいひょいとできるようになりました。「丑年は木登りが得意なんだよ」と息子。よくわかりませんが。

 

もうひとつ、最近息子ができるようになった(なってきた)のは自転車に乗ること。今までできなかったんです。これはほんとに、私から見てもびっくりするくらいセンスが…。キックバイクとか、周りの子は「いつの間にか乗れるようになってたわ」という感じなのでしょうけど、息子はサドルに体重をかけることができなかったのです。そしてまたがってみては理由をつけて諦め、しばらく経って再びまたがってみては理由をつけて諦め、としているうちに、体が大きくなってしまいました。

なので、大学を卒業したらまずは息子の自転車の特訓を、と私は考えていたのです。新しい自転車を買い、「今が最後のチャンスよ!これ以上大きくなってからでは公園で練習するのも恥ずかしいよ!」と尻を叩いて、それでもまだ理由をつけて諦めようとする息子に「口じゃなくて足を動かしなさい!」と何度言ったかわかりません。「口ばかり回してないで足を」と言えば「口なんて回らないよどうやったら口が回せるの」と言い、ちょっと失敗すると「僕が転んでるのになんであーちゃんはすぐに駆け寄って来ないの、ひどいよ」と言い、日が暮れてきてランプをつければ「僕はこのランプがなぜ光るのか仕組みがわかった」と言い…。「いいからこぎなさいよ!」と。

そんな練習を繰り返してやっと、こげるようにはなってきました。でもまだブレーキがうまく使えないので外で走るのは危険。私が心配性なのではなく、本当に危ない。下り坂でパニクって止まれません。こういうのはやはりセンスが…。私も一応自転車乗れますけれども今まで色々ありましたし、車の免許は一生とらないと決めています。申し訳ないけど息子も私と似たような感じなのではないかと。もちろん練習でうまくなるとは思いますけど。

どこかに自転車の教習所ってないでしょうか。親子で参加したいな。

 

さあ動き出さねば。

またひとつ大きな仕事が迫ってきて、無駄に緊張しております。引越しもない、息子の転校もない、大学のレポートも試験もない、身内の葬儀もきっとない、だから大丈夫できるよとどんなに自分を励ましても緊張はするものなのだな。本当は何もせずにぼーっとしていたい。でも「それではだめ、やりなさい典子」と神様に言われているのでしょう。

夫が「なんで俺ばかりこんな目に」と仕事の愚痴を言っている時も「拓道ならできる」と神様の口調で励ましていますが「いやだ!やりたくない!」と夫は叫んでおります。

うまく息抜きしなきゃね。

 

皆さまも良い一日を。

 

| 日々 |
京都でデート

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

今日息子は約束の時間に布団の中に入れませんでしたので、『ホビットの冒険』はおあずけとなりました。がっくり。私だって続きが読みたいのに…。

 

でも昨日は二人で京都へ行きました。

 

秋の休日の京都なんて、もう向かう電車の中から混んでいて大変なんですけど、でもどうしても見たかったんです。大好きな画家、今井麗さんの個展がメリーゴーランド京都という本屋さんのギャラリーで開催されていたのです。そして昨日は麗さんが会場にいらしたのです!

緊張してびくびくしながら、絵と画集を見比べたりしていたら、「ここに掛かってるの以外はそこに載ってるのはもうなくて」と麗さんから話しかけてくれました。とても気さくな方で色々お話しできて私はもう舞い上がってしまいました! 絵はトーストやアボカドなど食べ物の絵も素敵なのですが、いろいろな仲間が集合写真のように集まっている「gathering」という絵がなんとも言えず力強くて、描かれているみんなの笑顔に圧倒されてしまいました。インスタグラムも毎日楽しみに見ているのだけど、やっぱり絵は実際のサイズと質感で随分印象が変わるのだなあ。油絵なのにすごく透明感があって、「Cooking in 3min」という絵の大根なんかものすごくツヤツヤして「発光」していて、どうなっているのかと。

そして絵ももちろん好きなんだけど、私はインスタグラムで垣間見える、麗さんが子育てされている様子も大好きで、お父様の書かれた『宿題の絵日記帳』も大好きで、自分が日々何を見てどう生きるかというのにすごく影響を受けている気がする。

純粋に自分のためのこれほどの贅沢って久しぶりだなあ、嬉しいなあ、と幸せを噛みしめました。画集にサインもしてもらった!

 

と私がドキドキワクワクしている間、息子は本棚スペースでゆっくり立ち読みならぬ座り読みをしていました(メリーゴーランド京都は児童書専門店なのです)。とても小さなスペースですが面白そうな本ばかり。勤務先の図書室に入れたい、と思ったのはニシワキタダシさんの『えBOOK』とか。他にも何冊か。

 

大満足して河原町駅に戻ると、息子が「あの像動いてる!」と。「Mr.Kids」さんというスタチューパフォーマーの方でした。息子は接近したりちょっと離れたりしながら「あの像はロボットなのか、人間なのか、それとも…」と悩んでいましたが、最後まで答えは出ないようでした。「Mr.Kids」さんは息子を隣に座らせて、「写真撮っていいよ」とジェスチャーで私に伝えてくださったのですが、「カメラ持ってないの」と私が言うと「あちゃー」というジェスチャーで返してくれました。「Mr.Kids」さんはスマホ持ってました。ちゃんとスタチュー色の。

 

河原町では美味しいものも食べましたが、何しろ秋の休日の京都ですから、息子は帰り道ずっと「頭がいたいー」と言っていました。よくわかるよ。私も子どもの頃は人混みに出かけると頭が痛くなりました。空気の悪さと、あと音のうるささもきついんじゃないかな。「つきあってくれてありがとうね」と言いながら帰りました。

 

話は変わりますが、先ほど相馬称さんがものすごく面白そうな本を紹介してくれました。早速読まなきゃと思いますが今読みかけの本が5冊あるので困った困った。『森の生活』がきっと後回しになるなあ、と夫に言ったら、「典子さんは幸せだね」と言われてしまいました。「こんなに本を読む人生になるとは思わなかったでしょ」と。そうですとも。読む遅さで考えたら私が一生で読む本なんて数十冊、いや十数冊?なんて考えていました。でもきっと神様が、「あなた、だめです、それじゃ」と言ったのです。「なまけてはだめです、ちゃんと勉強しなさい、本ももっと読みなさい、そしてもっと働きなさい、なまけてはだめ」と。

「典子」の「典」の字は机の上に本が載っている様子、と昔どこかで読んだことがあり、「でも私それほど本読まないし」とその時は思っていましたが、今は本当に机の上に本が積み重なっていて、まさしく「典」の字なのが、不思議だし怖い。幸せなことですが。

 

ああ冷えるのでもう寝ます。まだストーブは我慢しています。

皆さまどうぞよい夢を。

お休みなさい。

| 日々 |
再びロウソクの季節

久保さん、皆さん、こんにちは。

今日は冷えますね…。

そろそろストーブを出そうかな。もう少し我慢しようかな。

 

朝はまだ真っ暗な時間に起きるので、またロウソクを灯しています。息子が去年作った星型のランタンと、太めのロウソクに。周りが散らかっててもいいのですよ。暗いんだから。そのロウソクのあかりをちらちら遠くに眺めながら朝の支度を始めます。なかなか起きてこない息子を叱る時も、「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!」と勝手なことを言う息子と喧嘩する時も、美しいロウソクの炎が私を慰めてくれるのです。

 

『1945年のクリスマス』、読み終えました。読み進めば読み進むほど面白かった! でも、ちゃんとドキュメンタリーの映像が残されているようです。私が「映画化して!」と叫ばなくても。ベアテさんが亡くなられた時も、新聞などでかなり報道されたそうですね。全然知りませんでした。憲法に関わられたのち、ジャパン・ソサエティやアジア・ソサエティで重要な役割を果たされた、ということも全然知りませんでした。読んでよかった。

だいぶ前に読んだ佐藤雅子さんの『季節のうた』に、夫の佐藤達夫氏が憲法起草に関わられた時のことが綴られていたのを思い出し、その本をまた図書館から借りてきて、ベアテさんの記録と照らし合わせてまたふむふむと当時の様子を想像しました。

 

『ホビットの冒険』が、面白い。というか、訳者の瀬田貞二さんの使われる言葉が、と言うべきでしょうか。「いろはにほへとというひまもなく」「ちりぬるをわかというひまもありませんでした」などと出てきます。山本史郎さん訳の『ホビット』ではどうなっているのでしょう。あちらは注釈が非常に多いということですが。

注釈があまり多いのも考えもので、『ウォールデン 森の生活』は細かい注釈をいちいち確認しながらだと流れがつかめないのです。でもなしではきっとわからないことが多すぎるのだろうな。学校で購入した『大草原のローラ物語 パイオニア・ガール』も注釈が多く、「しまった…」と思っています。あれでは物語の世界に入り込んでいけない。もともとインガルス一家の物語が大好きで、もっと詳しく知りたい!という人にはよいのでしょうけど。

ホビットも、少々わからないところがあっても、小3の息子と一緒に物語をじっくり味わうには、今読んでいる注釈なしのものがよいのでしょうね。

 

息子はビッケのシリーズをもうすぐ全巻読み終えてしまいそう。相当面白いみたいです。「そんなに夢中になれる本に出会えるなんて羨ましいわ」と私が言うと、「いいでしょー」と言っていました。

 

そうだ、息子のクラスのみんなと一緒に大文字山に登ったことを書こうと思っていたんだ。あと息子の学校の家づくりがまだまだ終わらないことや、学校で稲の脱穀をしたらしいということや、私が夫のズボンを作ったりなおしたりしたことや、米粉でたこ焼きを作ったら非常においしかったことや、勤め先の中学生たちが朝から夕方まで「疲れた」「疲れた」と図書室に言いに来ることや…。

 

でも今日はここまで。

皆さまもよい一日をお過ごしください。

 

| 日々 |
背中を追いかけて

久保さん、皆さん、こんばんは。

 

11月に入ってしまいました。

団地の中は、もう紅葉の見頃が過ぎて、かなり葉が散ってしまっています。その葉もしばらく積もらせておいて欲しいのに、毎日せっせとお掃除の方がきれいにしてくださるので、もったいない。

 

仕事の時間も仕事でない時間も、ピリピリした緊張から解放されて、どうしたらいいのか、まだなんとなくペースをつかめずにいます。やらなきゃいけないことはたくさんあるけれど、どれを優先したらいいんだろう。ものすごく忙しい時は「最優先」がはっきりわかって、まずそれだけに集中すればよかったけれど、落ち着いてくると何から始めればいいのかわからなくなりますね。

 

そう、息子の相手を最優先、は、できるだけやっています。少し遠くまで一緒に歩いて出かけたり、相撲をとったり、おんぶしたりだっこしたり(3年生ですが)。まだ夜中に掻いてしまうので、食事に手をかけたり保湿をしっかりしたり。そんなの忙しくてもやってあげなきゃいけなかったと思うんだけど、これまでは「毎日丁寧に保湿なんてやってらんない!自分でやって!」って思ってたから。

 

でも「忙しい」という気持ちや「失敗したらどうしよう」というプレッシャーは、自分で自分に悪いおまじないをかけているだけの感じもするので、どんなに大きな山を目の前にしても、「大丈夫大丈夫、一歩一歩のぼって、転んだら手当てして、疲れたら休めばよい」と思えるようになれば、どんな時でも、「そんなこと今やってらんない!」なんて気持ちには、ならないのですよね、ほんとは。

無駄に高い理想を掲げないようにしよう(特に仕事で)。私はすぐ殺気立ってしまうから。

 

でも「すごいな」と思う人はやはりある程度自分を追い込んで大きな仕事をされている。

息子が通っていた保育園の園長先生は、保育園を閉園されたあとにカフェを開店される予定と聞いていましたが、1年くらいかけて準備をされるのかと思っていたら、わずか2ヶ月も経たないうちに開店されたのです。びっくりです。「1年も休んだらもう開店するのは無理です」とおっしゃっていました。

先日やっとお店に伺うことができ、保育室だった部屋でおいしいお料理をいただきました。息子が友達とたたかいごっこをしたり、赤ちゃんたちがハイハイしていた場所です。保育園時代に使われていた園児たちの机や椅子、おもちゃなどのほとんどは、喜んで使いたいと言ってくれる別の園へ引き取られていったそうです。ほんの少し残された小さな椅子を見て息子が「ちっちゃすぎや」と笑っていました。それに座っていたんだよと先生。

先生とは、これまでどんな風に生きてきたか、これからどんな風に生きてどんな風に死にたいのか、そんな話をお互いに、先生の方が私よりずっと人生の先輩ですけれども(今年70歳になられます)、親しい友人のように話をさせていただきました。大好きなつばたひでこさん、しゅういちさんの話でも盛り上がりました。いつも大人だけで話していると「まだ帰らないの?」と邪魔してくる息子も、この日は黙って大人の話を聞きながら本を読んだり絵を描いたりして過ごしていました。

別れがたかったですが、「また来ます、いつも先生の背中を追いかけていますよ」と言って失礼しました。

 

もう一人、今私が「すごいすごい」と夢中になっているのはベアテ・シロタ・ゴードンさんです。彼女の『1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』を読んでいるのです。日本国憲法がどのように作られたか詳細がわかるだけではなく、戦中戦後の日本の状況、外国人から見た日本人の姿が本当によくわかります。彼女は子供時代を日本で過ごして、その当時の日本の女性や子供の扱われ方をよくわかっていたから、なんとか助けたいという一心で条項を書いた。だいぶ削られた部分もあったようですが。今でも男女平等とは言いがたい状況はありますけれども、彼女の残した功績は本当に大きかったのだとこれは感謝の涙なしには読めません。

そしてその憲法ができる前後のことだけでなく、彼女の人生そのものもとても興味深く惹き込まれるので、夫は「これ映画になればいいのに」と言っております。そう、もっとみんなに知られたらいいのに。クリント・イーストウッドに手紙を書いてみようか。アメリカ側からの視点と言われようとも、彼女の存在自体がもっと知られたらいいのにと思います。

 

息子と読んでいる『ホビットの冒険』は遅々として進まず。ちょっと難しい日本語(言い回しが)なので私の舌が回らない。でも勉強にはなりますね。美しい場面もあるし。息子に「聞いててわかる?」と尋ねたら「わかるよ」と言っていますが、まあなんとなく情景はわかるという感じかな。「山々は、その茶色の山はだに夕日をあびていますのに、暗く、あれさびたありさまで、そのかたのうしろに、雪をいただく高い峰々がかがやいていました。」とか。美しいのですよ、でも舌が回らない。

 

ほかに私が読んでいるのは『ウォールデン 森の生活』と『空をつかむまで』。『森の生活』は小学館の、解説がたくさん書いてあるもの。分厚い。最後まで読めるだろうか。頑張ろう。

 

久しぶりに書くとどこから始めてどこで終わらせたらいいのかわかりませんが今日はここまでにします。

皆さまおやすみなさい。よい夜を。

 

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